第6話 《洞穴》


 《勇者》アレス……こと俺がラタイアイ平原で戦死を遂げる日から数日前。


 ここ、ラキア王国は騒がしかった。


 《勇者ギルド》の偵察部隊がモンスターの侵攻を王国へと伝えたんだ。

 彼らは移動や監視に長けたスキルをもっており、常にモンスターの発生や、集団が《北の砂時計》の大陸へ移動する予兆などを監視している。


 モンスターの発生の監視の方法だが、これは単純な話だ。

 そいつらがこの世界に現れるのは一つの場所からだけで、その発生源である《洞穴》と呼ばれる場所を監視すればそれでよかった。


 これは「南の砂時計」のある谷の根に、数十年前に突然現れた洞窟で、出現してからは定期的にそこからモンスターが現れては、人里を襲っていたのだ。

 《洞穴》は、はじめはそこまで人類の脅威とはみなされていなかった。

 始めごろに現れていた数体くらいのモンスターなら、兵士が退治することも不可能ではなかったからだ。もちろん、神の《加護》を得た人間もそのスキルでモンスター退治に協力する者もいた。


 《洞穴》自体も誰かの《加護》によるものだろうと思われていたし、国同士は戦争に明け暮れていたので、しばらくのあいだは田舎の小さな異変として噂話が広まるくらいのものだった。


 だがこの小さな異変は少しずつ変化していった。モンスターの強さ、多さが日を重ねるごとに増していったのだ。あっという間に、発生源の谷やその周囲の山河は、人間が立ち入れる場所ではなくなってしまった。


 これは《洞穴》の国々には大きな問題となり、各国は《洞穴》をどう対処しようかと悩み始めた。


 未来の人間から考えてみれば、国同士の戦争なんてやめて、早いうちにモンスターを討伐する連合軍……みたいなものを組織していれば、ここまで世界全体が魔界のモンスターの脅威にさらされることもなかっただろう。


 ただ、この災いは人類を〈共同〉より〈争い〉に導いた。

 初めは《洞穴》のあった国家とその周辺国。周辺国は競って《洞穴》が発生し衰えたその国を襲い、人や文化、財産を奪った。

 次はその周辺国たちが奪われる側に回った。さらに《洞穴》より遠い国から、《洞穴》の脅威と他国の侵略の脅威に晒されて、挟み撃ちのような形で、侵略された。

 さらにその次―――は語るまでもないだろう。こうして「南の砂時計」の大陸は争いの中で、仲良く《洞穴》の餌食になったというわけだ。

 

 ただ。

 モンスターはもちろんこちらの大陸も攻撃した。

 「北の砂時計」の大陸、つまり俺たちの側の大陸も皆が仲良く暮らしていたわけではなく、同じように、外敵に対して戦争も激化した。


 つまりこの歴史を知った人間は、俺たちの住む大陸も「南の砂時計」と同じ運命をたどると考えるだろうが……それは違った。


 その、俺たちの住む《ラキア王国》のある「北の砂時計」が、モンスターの侵略を凌ぐことができていたのにはもう理由があった。




 《ラキア王国》には、俺たち《勇者》が居たんだ。

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