とりあえず婚約でお願いします。

こんにちは、この世界の美醜が相変わらずわからない私、アリーシアです。

本日の予定は皇太子様とのお茶会です。

ちゃんと見合い進むんだー、とるんるん気分でやってきましたが、皇太子様は出会い頭ににらんだ後の前回と同じように、視線どこを顔すら合わせてはくれません。

ちょっとめげそうです。


「皇太子様、いい加減諦めてこちらに来られてはいかかがでしょうか」

「……」


前回の見合い、イケメンに会ってテンションが上がった私は会話すべく椅子を皇太子様に勧めました。

勧めただけで正気を疑われ、困惑していたところ何故か殿下はカーテンの傍まで行って、カーテン越しに会話するだけになりましたとさ。

ってかなんかこの見合い部屋右端の変なところにカーテンあるな、侍女の控える場所なのかなって思ってたらまさか王子様本人が控える場所だったというのは、前回のハイライトでした。

王族不遇にもほどがある。


いや、椅子座っていいんですよ? 目の前にいらして?

って言っても、自分が無理だ……って言ってカーテン越しに喋ること数分。

最初に睨むだけの元気があった彼はどこに行ってしまったのでしょうか。

数分程度の会話に音を上げたのは皇太子様の方で、職務が……って言って帰っていったのであった。

顔見れたのは最初に入ってきた時だけ。ドアがカーテンの近くにあったら私が入れないから変な位置に置かざるを得なかったんだろうね、うん。

ちなみに今回は最初からカーテンの裏に皇太子様は待機してました。


それはそれとして。


「前回お話した通り、私は美醜にあまり拘りがないのです」

「……」

「少なくとも目を合わせたところで吐いたりはいたしませんので、どうぞいらっしゃって?」


10歳とはいえ未婚女子と二人きりにするわけにはいかないため、傍仕えらしき男性と侍女の姿が見えるが……。

今日はお母さまもいないし、もう少し親睦を深めたいと思っていたのでそのままでは困る。


しばらくカーテンの方を無言で見つめていると、諦めたのか皇太子様はようやくカーテンの裏から出てきてくれた。

今日の装いは見合いであることを意識しているのか、少し夜会向けに装飾が凝っている感じの衣装である。

うん、ザ・王子様って感じだね!

眼福!


顔を見るだけで幸せになれるレベルのイケメンなので、にこにこしながら目の前の椅子に座るのを待っていると、ちらりとこちらを見た皇太子がなぜか吃驚したように後ずさった。

いや、どういう反応なの。

それでも座ると決めたのか、また視線をそらしながらも椅子には座ってくれる。


「では、改めまして自己紹介からさせていただきますね」

「あ、ああ……」

「私は、オルベ伯爵家のアリーシアと申します。本日は、お時間を取っていただきありがとうございます」


自己紹介はさすがに顔を見るべきと判断したのか、ちゃんとこちらを見てくれたので目線を合わせながら名前を名乗る。

うん、おそるおそるだけどちゃんとこっちを見ようとしてくれるのはポイント高いね!

ばっちり目線があったことに驚いて、すぐ視線をそらしてしまったけどちょっと頬が染まったのは見逃してないよ!

黒髪黒目の美幼女が笑顔でこっち見てるからかな? ふふん!


「……レオンだ。前回はあまり時間が取れずすまなか……った」


王族は基本的に伝統的に同じような名前を付けることが多いらしく、現在の皇太子さまの名前はレオン殿下。

うん、呼びやすくていいんじゃないかな?

名前を名乗るために視線を戻してくれたけど、やはり目線があって吃驚してそらされました。でも、頑張ってるのは感じるので気にしません!

むしろガン見の私が悪いのかもしれない。


「いえ、殿下がお忙しいのは当然のことかと思いますのでお気になさらないでください。ええとーーレオン様とお呼びしてもよろしいですか?」

「なっ……」


絶句する皇太子様に、私はにっこりと笑いかける。

ふふふ、見合いから数日、ただ誘いを待つだけではなく私も勉強したのですよ!

すなわち、名前を呼ぶということは見合いを進める気があるって意思表示であるってことを!


前回見合いが終わった後、私は両親と話し合った。

王子との見合いをセッティングしたことで、かのナルシスト公爵子息からも「俺と見合いしろ!」みたいな圧力がかかるのは、目に見えていたので。

第二王子か皇太子か、どっちかと親睦を深めてみないかという流れになるのはもはや必然だったのだ。


そして私が選んだ相手はもちろん、皇太子様。

だってイケメンだし!!!

調べれば調べるほど超ハイスペックだし!!!

女子との触れ合いに慣れていなさすぎる感じはするものの、顔さえ見なければ賢王になるのは間違いなし。加えて魔法にも造詣が深く、話題にも事欠かなさそうで、さらに。

この王家に嫁ぐってだけで、実は王妃に対してのハードルは低い!

もちろん一般的なものはやれて当然、みたいなところはあるのだけど、王家のなりたち的に強ければ割とOKみたいなところがあるのだ、この国。

で、私は黒髪黒目の魔法を使わせたらピカイチの優良案件。礼儀作法も10歳でそこそこクリア済み(転生者だしね!)


王家が逃すわけないんだよね、この好条件。

しかも王子じゃなくて令嬢の方が乗り気なのだから。

どっちにしろ貴族に生まれたからにはどこに嫁ぐにせよそれなりのことは出来なきゃいけないわけだし、だったら好みのイケメンに嫁ぐ方がいいじゃない!


「……」

「私のことはどうぞアリーシアと」


また正気か? と言おうとしたのを根性で止めたのか、皇太子様は微妙に口を押えている。

私は笑顔のまま畳みかけるように自分を名前で呼ぶように伝え、反応を伺うことにした。


「……」

「……」


無言の攻防。

私は目をそらしたりしないし、吐いたりもしませんよ?

むしろがっつり顔見れて嬉しいです。まつ毛長いなー、髪の毛が白めだからまつ毛も白いんだな、それはそれで美しいな……。


「----許す」

「ありがとうございます、レオン様」


根負けしたらしい皇太子様に笑いかけると、何故かため息をつかれた。

いやため息を吐く姿も麗しいですね?

15歳だし、生前の感覚で言うと18歳ぐらいの外見をしているのでもう完全に男性って感じなのだけど、それでも出てくる言葉は色合いのせいか麗しいって感じ。

筋肉もついてるし、女性らしさは一切ないのだけど不思議。


「そなたはダンテと婚約するものだと思っていたのだが、そちらはいいのか? 見合いが終わった当日から何度か抗議文が届いているのだが」

「打診をされたのは事実ですが、すべて断っているので問題ありません」

「そうなのか?」

「ええ、好みじゃないので」

「……」


また正気か? って呟きましたね皇太子様。

今のは聞こえなかった振りしときます!


「まあ、私としてもすでに15。婚約者候補ができることは悪くはないのだが……」

「候補を飛ばして婚約者でもかまいませんよ?」

「正気か!?」

「正気ですわ」

「……」


何回正気を疑われるんだろう、私。

そもそもずっと顔を合わせている時点で、大丈夫ってわかると思うんだけど。

というか、まあ、切羽詰まった事情ってのも実はあるんですよ、本当に。


「私はディール公爵子息と婚約するのが嫌なのです」

「……」

「ですが、そろそろ圧力が少し問題のある方向に入りそうになっていまして」


オルベ伯爵家自体は権威のある家なので本家自体に問題はないのだが、相手は公爵なのだ。

そろそろ手を組むべきではないか、と本家以外の傍系に働きかけをし始めているという噂もあるし、そもそもがディール公爵子息自体がとても見目麗しい(失笑)なので、むしろ良かれと思って手を組もうとする人すら出てきている状況。


「はあ……ダンテが嫌で私がいい理由とはなんなのだ?」

「全部ですわ」

「しょ……いや、全部? 顔以外ではなく?」

「ええ」


顔以外どころか、顔も含めて全部なのだが、さすがにそこまで言ったら本当に正気を疑われそうなので曖昧に答える。

冷め始めた紅茶を一口飲むと、私は思う存分本音を吐くことにした。


「まず、顔しか見ないその性根が嫌」

「……」

「知っています? あの方、私の友人候補に向かってその顔で私の横にいるなど烏滸がましい等といったことがありますの。私が友達を作ることに何故あの方に許可を取らなければなりませんの? 絶対に許しませんわ」

「そ、そうか」

「貴族たるもの魔力はもっていなければならない。--それはそうでしょう。ですが、それを相手に強要するその心が私は嫌いです」


なお、その子は泣きながら帰ってしまい、友達になることはなかった。とても苦い思い出である。なお、顔は私的には可愛いと思いました、色素は薄かったけど。


「……私が差別している可能性は考えないのか?」

「貧民街に頻繁に援助しているレオン様が? ありえます?」

「知っているのか……」


貧民街の平民は、魔力を持たぬ人が多い。当然、不細工も多い。

だが王家は魔力を持たぬ人も同じ民として扱い、必要であれば援助も行う。

レオン様がそういった援助を積極的にやっていることは有名な話だ(なお、不細工が不細工を……みたいに馬鹿にするやつらは一定数いて、その筆頭がディール公爵家であることもまた事実である)。


「それに、ディール公爵子息が全属性であることは事実ですけれど。ろくに努力をしていないのがまるわかりなので、そこも嫌いですわね」

「わかるものなのか?」

「魔力量が違いますもの。その点、レオン様は素晴らしいですわ」


魔力が多いのはわかるのに、それを感じないほどに制御できているのがわかる。王家の厳しい訓練があるとはいえ、駄々洩れで圧をかけてくるディール公爵子息とは雲泥の差である。

ハイスペックイケメン、いい……。


「そなたは手厳しいな。私は皇太子であるが故に、実地をせねばならぬところが多いだけだ。公爵ともなれば、下の者が働くのは当然だろう」

「指揮などは確かにあちらの方が上手いかもしれませんけれど。それと自分の鍛錬を怠ることは別問題かと存じます」


実地訓練ゼロの私より、魔術の扱いが下手くそなのはダメだと思う。

困ったように眉を下げる皇太子様は、私の隠した本音は理解できたのか何も言わないままだ。

ところで会話し続けたせいで目線ばっちりあってますけど、自覚してます?

私は眼福なので全然OKですが。


「良い点が何もないとまでは言いませんが、ご理解していただけました?」

「ああ……そなたの中で比べるほどでもない、ということは理解できた。納得できるかはまた別の話だが」

「どうしてです?」

「どうして、といわれても、な……」


また目線があったので、にこりと笑いかけるとまた目をそらされた。

いい加減納得してもらえないかな、とは思うもののこの世界の美醜に対しての反応がえぐいのはこの10年で嫌というほどわかっている。

とすれば……ここはそう、絡め手で行くしかない!


「では、納得していただけなくてもかまいません」

「え?」

「ディール公爵子息との婚約がいやなので、せめて婚約者候補としてしていただくことはできませんか?」

「……」


自身の美醜に自信がなくても、あの公爵子息と婚約するというのは嫌だ、というのは伝わっているはず。

なので助けてほしい、という方向で攻めればいける……はず!


「……無理だな」

「えっ……」

「あの男は私に絶対的に勝っていると思っているからな。候補程度ならば自分が婚約者になると言い張って我を通すのは目に見えている。王家の無理強いを助けるためだと主張し、その意見が通らないはずもない。あいつとの婚約を避けるのは不可能だ」

「……」


王家との婚約候補が最優先にならないって、どんだけ王家不遇なの……。

そんなの手詰まりすぎるよ。

王子と婚約したいのは私の意思なのに、どうして無理強い扱いで通るの……。


「というか、どうして面と向かって断っていないんだ?」

「断りましたよ? 照れなくていい、君はかわいいなって流されたのが既に二桁を超えているだけです」

「……」

「周りも周りで、どうして? っていうんです。焦らしすぎるのはよくありませんよ、見捨てられますよって、両親以外が言うんです。私は本当に嫌だって、何回だって言ったのに……」

「……そうか」


3歳の時の見合いと違い、ある程度分別がついてから出会ったのもよくなかったのだろう。

そんなに嫌なら、泣き叫べば良かったのだろうか。

でも別に、死ぬほど不細工とかなわけではないので、虚無にかられるだけなんだよね……。性格も好きじゃなければ、顔も好きじゃない。

言ってしまえばただそれだけだ。

政略結婚だと言われたら、本当にそれまでの話。


「……君は」

「はい?」

「本当にダンテじゃなくて、私でいいのか」

「どういう意味ですか?」


私は婚約でいいって言ったはずなんだけど。

最初の確認をもう一度されて、私は首を傾げてしまった。


「君がダンテを毛嫌いしていることはさすがにわかった」

「はい」

「だが、その代わりに私と、というのはどうなんだ? 他にも君が惹かれるであろう男は、この後にもいると思うのだが」

「それは……」


まあ、ある程度の妥協が出来ればそれでいい、という気持ちで何人もと交流をしたのは事実だ。

けれど。


「私との交流はまだ二回目だ。それで君の人生を決めていいのか、私にはわからない」


真剣にそう言う皇太子様は、気づいているだろうか。

いつの間にか目線があったまま、話続けているということに。

そしてその目には、確かに私に訴えるものがあるということに。


「ええと、未来のことはわかりませんけど」

「ああ」

「少なくとも、後悔はしないと思いますよ」


結婚に必要な物は何か、というのは前世でもよくある命題だったけれど。

少なくとも譲れないものがあれば、それだけで後悔することは少ないんじゃないかと私は思う。


「そうなのか?」

「ええ。現時点で、ディール公爵子息より何倍もあなたの方が素敵ですから」

「はっ?」

「だってあなたは私の話を聞いてくれるでしょう? 私の未来を、私の心を、心配してくれるでしょう? ……あの人には、それすらないんです」


あと顔。

大事な事なので心で最大限に必要な物を付け加えておきますね!

イケメンはせいぎ!!


「……わかった。納得はできていると言い難いが、君はまだ10歳だしな……。数年後婚約破棄したとしても君に痂疲はつかないだろうし……婚約者として君の提案を受けよう」

「!」

「私の方からでは無理強いといわれる可能性が高いから、君の方から申請してほしい。もちろん、嫌ならそのままでもかまわ--」

「わかりましたわ! お父様に最速で直接王様に打診してって言っておきますね!」

「……あ、ああ……」


なんか婚約破棄とか聞こえたけど、言質は取ったので問題はない。……はず!

慌ただしく帰る皇太子様を見送って(予定より話し込んだので時間が確実にオーバーしていたため、何故か宰相が迎えに来た)、私は心新たに決意を固めた。



……目指せ! イケメン篭絡!






--


この後皇太子様は、さらに本気になったアリーに追っかけまわされます。

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伯爵令嬢の幸せな婚約について 高梨ひかる @hikaru_takanashi

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