伯爵令嬢の幸せな婚約について

高梨ひかる

見合いに至るまでの経緯について

この世界、どこかおかしいのでは?

そう気づいたのは産まれてから割と経ってからの事だった。


異世界転生。


その五文字に気付いたのはそれこそ産まれた瞬間だった。

あれ、なんか赤ちゃんになってる――そう気づいた時にはぽこんと産まれていて、同時に転生したことを知ったのだ。

主に周りの人の髪色のせいで。


生まれたての赤子といえば目はほとんど見えていないといわれている。

実際体験した私としても、見えていたのはとんでもなくぼやけていた世界だった。

だが、目に飛び込んできたのは赤や黄色や青の信号もどきのカラフルな色合いで、目に痛いと思ったのが最初でそれが人の髪の色だと気づいた時には異世界だとわかった、というわけだ。

わかったところで赤ちゃんなので、泣くくらいしかできなかったけれど。


それから私はすくすくと両親に溺愛されながら育った。

初めて鏡を見たときには黒髪黒目って昔と全く変わらないしもっと外国人っぽい色合いのが好きなのになぁ……って気分だったが、なかなかの美幼女だったので人生勝ち組ーとばかりに言われるままに礼儀を身に着け、イケメン婚約者カモン! ぐらいの気持ちで第二の人生を謳歌していた。

そこまでは良かったのだ。

時々両親に見ほれるメイドや執事の態度が、なんかおかしいなと思うくらいで周りに変な容姿の人がいなかったので。あとやたら髪の色や目の色誉めるなとは思っていたが、黒髪も黒目も珍しいらしいからかなとか思っていた。

初めて挫折を味わったのは、婚約者候補(あくまで候補!!)と3歳くらいで顔合わせを初めてした時だった。


初めて会った婚約者は控えめに言ってモンス……フツメン以下だった。

中身はそこそこの大人でも感情が完全に3歳児だった私は、婚約者候補に会った瞬間にギャン泣きした。

見惚れるならともかくギャン泣きする私におろおろする両親ズに、私は声を大にして言いたかった。


(散々イケメンだって言ったのに!)


相手は10歳くらいだったので、それはそれはカッコイイのだと楽しみにしていたのだ。

人様の容姿をどうこう言う程子供ではないつもりだったが、ワクワクとしていた気持ちを裏切られた気持ちはあまりにも大きかった。

その候補は戸惑っていたがいい人だったので婚約の話は立ち消えになり、そんなの当然だと憤慨する私に戸惑っていたのは両親だけではなく周りすべてだった。そこでようやく私はこの世界の美醜がおかしいのだということに気付いたのだ。


ちなみにフツメン以下と言ってしまったが、あくまでイケメンを期待していたらやってきたのがアレだったぐらいの容姿だった。私は短髪が好きなんだけど魔法を使う世界のせいかなんなのかみんな長髪でそこも受け付けないのだが、髪も目も婚約者候補は私と同じく暗色の目に優しい色合いだった。顔はアレだったが喋ったらいい人だったので、政略結婚だよと言われたらまぁ仲良くする努力はしたと思う。あの後彼はすぐに他の人と婚約してしまったので、二度と我が家には来なかったが(後から聞いてみたら超美男子で性格も良かったので引く手あまただったらしい)。


そして現在。

私は今、人生最大の危機に瀕している。


「お母さま、今なんとおっしゃいましたか」

「実は王家のお茶会に何度も呼ばれているのよ、と言いました」

「それはつまり……(婚約者候補の)顔合わせ的な意味で?」

「そうよ?」


我が家は伯爵家なので、王家と縁づくこともなくはないかなくらいの貴族である。歴史は古く、代々美形が産まれるので有名な家なため、定期的に縁談はやってくるとかなんとか。

しかし王家には問題があった。

この世界で言う、いわゆるフツメン以下が量産されやすい傾向にあるとかなんとか……。

もちろん私基準で言えばイケメンもいるのであろうが、あの婚約騒動から7年、私は悟ったのだ。


(どう考えても運が悪そうな私にイケメンがやってくるとは思えない……)


あれから7年、婚約を決めるために両親は色々手を打ってくれた。

評判がいいと聞けば顔合わせをする、というのを定期的に行ってくれたのだ。1:1では断りづらいこともあろうと必ず親を交えて、複数で。

そこで私が悟ったのはこの世界の美醜を永遠に理解することはないだろうということと、両親も私の好みを永遠に把握できないだろうという現実だった。


あの子の髪美しいですわね、あの子の髪の色見てよくないわ、ってそんなこと言われても私にはその青の色の違いがさっぱりわからない。フツメンかなと思っていたらとんでも不細工判定でその子を見て吐いてる子供が出るとかもはや意味が分からなすぎた。

不細工扱いされるのが可哀そうだと思っても、相手はあくまでも私基準フツメン。とにかく大人しく美醜について学ぶことに必死な私が、下手に救いの手を差し出して好みだと思われ嫁ぎ先が決まるのも微妙だったのでどうにも手が出せなかった。次第によくわからない美醜で厳しく判断しまくってる周りを見るたびに、そういったお茶会が苦手になってしまった。


女の子はいいんだ。

どんなに色素が薄い子でも私にとってはかわいかったりするし、仲良くすることに対して親からも文句は言われなかったしね。

今仲良い子はそこそこ魔力が使える子が多くて、美人が多いらしいけど私にはさっぱりわからない。


(美人の周りには華やかな人が多いですねって言われてもねえ……)


この世界での美形は、魔力が強い人間のことを指す。

そしてこの世界、魔力が強い=属性の色が髪と目に出る=暗色に近いほど属性が多く魔力が多いってことだったのだ。

当然ながら私は黒髪黒目、全属性が使えて不得意もない超優良物件である。魔法に関してはぶっちゃけ転生特典という感じでチートだが、まぁそれは良い。元々この家が時折宮廷魔術師を輩出するような名家(美人が多い=魔力が多い)なのでそんなに引かれたりしなかったし。


それなのに魔力が多そうな王家は何故フツメン以下判定が多いのか。

それは光属性がメイン属性だからである。


この世界、闇属性の魔王がこの世のものとは思えない美形判定なんだよ……。

それに対抗すべく王家は当然ながら光属性なのだが、光属性といえば白、よくて金。金目は王家の特徴で、その綺麗な色の目はまあ評判は悪くないらしいのだが、髪の色はどう頑張っても白くなってしまうことが多い。金髪もちょっと不細工ねぐらいの判定。

つまり勇者が魔王に挑むとかいう王道のその絵面は、この世界では不細工が美形に挑むとかいうとんでも判定。絵本を見たときには勇者な王子様がモンス扱いすぎて涙した。魔王に屈するわけにはいかない王家は光属性を大切にしているし国民もそれをわかっていて敬ってはいるのだが、不細工判定は永遠に免れないという超展開。

この世界の創生者、ちょっとこっちにこい案件である。王家が不遇過ぎる。


「私が言うのもなんだけど、貴女は美醜にちょっと疎いでしょう?」

「そうですね……」

「王家とのお見合いは1:1だから避けていたんだけど……一向に婚約者は決まらないし、いっそ王宮に行ってみるのも考えてみてはどう?」


私自身には確固たる美醜判定があるといえるが、それは前世基準。

この世界の美醜は正直に言って本当にわからない。色、艶、あと魔力量って言われても、結局は光属性が強かったら不細工だったりするので判断に気が抜けないのである。

いや、まぁ、どうしても前世基準イケメンと結婚したいとかそんな願望(やぼう)があるわけでもないのだけど……結婚するならそれなりに好みの相手の方がいいに決まっている。

少なくとも結婚したい相手の性格とちょっとした美貌くらい求めてはいいのではないだろうか。美人なんだし今世の私。


「それに貴女は、ディール公爵家の後継ぎの婚約者は絶対に嫌だというし」

「それは絶対に嫌です」

「でしょ? だったらいっそ、王家の血筋で貴女に合う人がいたらお互い幸せではないかと思って」

「……なるほど」

「王家と縁づきたいからって言えば、まさか阻むこともないでしょう。最近は見合い一つすら把握されているようですし、こちらとしても波風を立てないように断りたいのよね……」

「……」


ディール公爵家は代々美形を輩出するので有名な家であり、ありがたくも私を気に入っていると公言されているわけだが……。

顔は我慢できないほどでもないんだけど、単純にあそこの息子さんはナルシストなのでご遠慮したいのだ。私のことも女神と呼んではばからないが、逆に言えばビックリするほど顔しか見ていないので本当に苦手なのである。

ナルシストなフツメンって見たことある?

驚くほど拒絶反応が出るよ? 僕の髪は美しいだろうとか言ってさらぁって美髪をかき上げた瞬間に見えるフツメン顔は、本当に無になれる。


それに比べたら、元々不細工扱いされてる王族ならフツメンでも普通の性格なんじゃなかろうか……。

戦闘能力が王族の必須とかで、少なくとも弱い人間は一人もいないって聞くし。むしろ筋肉はそれなりについている方が好みなので、細いことすら自慢してくる公爵子息よりは好みである可能性はまだ……高そうだ。

まだ10歳ぐらいだから強行されていないが、このまま放置していれば外堀を埋められて望まない公爵子息の婚約者になってしまうかもしれない。

であるならば、一縷の望みをかけて王家とのお見合いに出向くというのもありなのではないだろうか。


「でも王家とお見合いなどしたら、それこそ断るのは難しいのでは?」

「ああ、それは大丈夫よ。希望者とは見合いをするけれど、決して無理強いはしないと王家は法で厳しく管理されているから」

「!?」

「その代わり血筋が絶えないよう、適齢期までにある程度耐えられる婚約者は見繕われることになっているけれどね。貴女はまだ10歳ですし、好奇心で……とでも言っておけば問題はないわ」

「(いや問題ないって言われちゃう王家どれだけなの!?)」


そして王家とのお見合い話はあっという間に決まり、その一週間後には王宮へ向かう段取りも決まっていた。

王家本気すぎやしないか。


「現在婚約者がいないのは皇太子様15歳、第二王子様12歳……王弟27歳」

「さすがに年齢が近い方でお願いします……」

「ではそのように」


さすがに王弟はありえないので、まずは第二王子と会うことになった。

皇太子様相手だと王妃になるってことだし、出来れば第二王子よりもうちょっと遠縁の方がいいなぁ……とか、思っていたが仕方ない。

最初に会った第二王子は金髪蒼目で、そこそこ可愛い感じのザ・王子様だった。成長したら結構イケメンになるのでは?

お母さまは普通の顔をしていたが、その場にいる大人はお母さま一人だった。こういう場って王妃様も来るもんだと思うのだが、すごく謎……。何故かかなり若いメイドに連れられた王子が会いに来て、数分を話すだけの謎のお見合いだった。


うん、なんかひしひしと嫌なものを感じる。

この国の王家、どうなってんの? そそくさと去る王子に対する扉の前にいる護衛騎士の態度がそもそもよくなかった(しかも鼻で笑ってた)んだけど……突っ込んでいいんだろうか。


「私の可愛いアリー、王子様はどうだったかしら?」

「少なくともダンテよりは確実に有りでした」

「そうなの……」


ダンテ・ナルシスト・ディール公爵子息に比べたら少し声が小さかったし多少どもり気味なのは気になったけど、まぁ及第点な感じだった。

少なくともナルシストじゃない、礼儀正しく挨拶してくれる、話の内容も天気やお茶などこちらに気を使ったもの、という時点でポイントは高い。

あと顔。私基準満足のいくイケメンでした。ごちそうさまです。


「惜しむなら、お見合い時間が数分しかなかったことですね」


性格を把握しきれなかったし、ほぼほぼ社交辞令で終わったのでこちらも特に笑顔になることもなかったしなぁ。

見ている分には眼福だったので、雰囲気は悪くなかったと思うのだけど。


「アリーはもう少し話していたかったの?」

「? ええ、王子様の性格を伺うにはちょっと会話が少なかったな……って」

「吐き気などはないのね?」

「……ありません」


なんでこの世界の人間って、不細工見ると吐くんだろう……。

ちょっと人の顔見て吐くってひどくないかな、と思うんだけどそれだけ受け付けないと思うと無理強いすることでもないんだろうなぁ。

あと第二王子、金髪蒼目でも薄めだから不細工判定なんだね、お母さまの顔色が変わらないから全然わからなかったよ。


「……ねぇアリー」

「はい、お母さま」

「皇太子様にも会ってみない?」

「え?」


誰がいい、と言われて王妃は荷が重いなと思ったから皇太子はやめておいたのだが。

何故かお母さまは真剣な顔をしてこちらを見ていた。


「お母さまがそう言われるのでしたら……」

「ありがとう、では手配してもらうわね」


話が通っていたのか、お母さまが一声かけるとすぐに伝令が走っていった。

そして待つこと数分。

扉の前でのやり取りの後、メイドすら連れてこずに扉を開けて現れたのは、控えめに言っても美少年だった。


(わぁ、すごいイケメン!)


金がかった白い髪に、濃い金の瞳。

一目で王家の人間とわかる様子から、年齢を考えても皇太子に間違いはなさそうだ。

長髪はあんまり好みではないけれど、それを縛って無造作に流しているあたりが逆に色気を感じてなかなか良き!

睨んでいるような態度はいただけないが、それを補って余りあるほど造作は超イケメンでした。

ありがとうございます眼福です!

男運悪いと思ってましたがこの皇太子と会えるんだったら多少の運の悪さはなかったことにします!


「……」

「……」


無言で見つめあうこと数秒。

目をそらしたのは意外にも皇太子様の方だった。


「ええと……」

「……」


お母さまの方を見てみるが、少し顔色を悪くして目をそらしている。

これはもしや、お母さまですら耐えられないほどの不細工ってことですか!?


「……とりあえず、どうぞお座りになって?」


皇太子であるならばこちらから声をかけるのは不敬かと思ったが、黙ったままそこにいるだけで一向に動こうとしないのでどうにもならない。

先ほど第二王子が座っていた椅子の方を指し示すと、間髪入れずにこちらを振り向いた皇太子はこう叫んだ。


「そなた……正気か!?」




いやどういう意味ですか????






このお話は―――。

親すら見つめるのが厳しい程の不細工な皇太子と。

世にも奇妙に美醜感覚が狂ってしまった、とんでもない美少女の婚約から結婚に至るまでの物語である――。





登場人物


アリー(正式名称未定)

伯爵家の美少女。黒髪黒目。現在10歳。

前世の記憶を持っていたばっかりに色の美醜世界に馴染めないまま皇太子との見合いで普通に話しかけたら正気を疑われた。

そのまま紆余曲折を経て婚約→結婚に至る


皇太子

ヒーロー。15歳。

金がかった白い髪に、濃い金の瞳。というこの世界でとんでも不細工に生まれてしまったために15歳になっても婚約者が決まらなかった。

アリ―に出会ってようやく婚約者が決まることになるが、大体逃げ腰でアリーに追っかけまわされることになる。

ハイスペックイケメン(アリー談)


ダンテ・ディール公爵子息

アリーの美貌が大好きな公爵子息。名前しか出てこなかった。

この後王家に盛大に抗議しに行くが、アリー本人にふられる運命にある。

アリー曰く、フツメンのナルシスト。


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