慣れぬ日常

 あの夕食から数日。ハリスはリリーを抱いて一日一カ所、構成員の職場を見学した。

 職場は十五有り、その殆どにリリーは興味を示した。


 初日に案内した鍛冶師の集まる職場ではナイフを作り

「ちっこい割には上手くできたじゃねえか!素質があるぜぇ、こりゃ」

と、鍛冶師筆頭だと明かされたエドフィンの驚愕でリリーは鼻を高くし、

「はえぇ、ちっこいのに器用なもんだよぉ」

と、裁縫師筆頭だったアフィリーの驚きに頭をかいて照れたりもした。

 極め付けだったのが、

「凄い……!凄いですよ!!この歳でこの魔力量!それに芸術と見紛うばかりの超繊細な魔力操作!」

そう言ってリリーを抱き上げて高い高いをし、地上でトリプルアクセルを決める魔法研究所所長。後ろで

「十点」

「十点」

「いつもより多く回らせていただいております」

とハリス、サリー、タツヤがそれぞれ評価してしまう程のはしゃぎぶりにリリーは目を回していた。

 ちなみに彼はアンバーヤ・ラスティーニと言う魔法バカ――もとい、魔法研究の第一人者である。

 トリプルアクセルを決めた後も回っていたが、慣れてきたのか自分の事のようにはしゃぎ回るアンバーヤに嬉しさが伝染してきたのか、途中からリリーも嬉しそうに笑っていた。


 全ての職場を見学した後、リリーは基本的にハリスの職場で過ごしていた。

 ハリスが部屋を出るときは慌てたように近付いてきてカルガモ親子の行進よろしくハリスの後ろをついて回る。

 ハリスの下には見学時に才能を認められた鍛冶師、裁縫師、魔法研究所を筆頭に生産系の職場からリリーの派遣を希望する書類が毎日のように届けられ、仕方がないので一日おき、順番にハリスとも共出頭しているのが現状だ。

一度、仕事に集中するため

「一人で行ってみないか?」

と提案したところ何度も何度も目に涙を溜めながら頭を振ったため

「悪かった。好きなようにしなさい」

と謝るとハリスの足にひっつき、その日は離れなかったという珍事が起きたのでハリスはそれ以来どうにか集中する方法を探っている。


そうした中で、その日、リリーは書棚の陰で書類を読み込んでいた。

 何がおもしろいのか、その書類は情報収集局で集められた隣国、『ナヤック・ラフェレジア』の情報で、ハリスは現在その国の特使と名乗る男を応対している。

「君の部下の持つ情報収集能力は驚嘆に値する。

 我が国に支部を設けてみないか?」

男は高圧的な態度で慇懃無礼にハリスに提案する。

「あなたの情報収集能力はザルか何かか?

 俺がこの傭兵団を立ち上げた経緯を調べればそんな提案をする事はないと思うんだが」

応じるハリスは極力平坦に声音を押さえる。

「全て調べがついている。

 だからこうしてこの私がわざわざ足を運んで頭を下げて居るではないか」

「ただ単に身分を上げただけでしょう?

 四ヶ月前に男爵を名乗る男が、二ヶ月前には子爵を名乗る男が来ましたよ?

 マディローニ男爵?

 あ、いや、此処では侯爵でしたか?

 次には王族の公爵、その次は王弟でも寄越すつもりですか?

 身分詐称は此方こちらの国では死刑なのですが、皇国はそう言った所が緩いようだ」

ハリスの言葉に唖然と固まる男。

 その隙をついてハリスは男の顔を片手でつかんで引き上げる。

「サブランブィ伯爵に伝えろ。

 調べはついている。

 今度は此方から乗り込んでやるから首を洗って待っていろとな」

抑えていた怒気と殺気を男に叩きつけ、背後にある窓に向かって放り投げる。

 窓ガラスに叩きつけられた男は股間を濡らしなから落ちていった。

「あ、やっべ。

 この窓ガラス高いんだった」

少しは意趣返し出来たことで冷静になったハリスは、呆然と大穴の開いた窓を眺める。

「リーダー、アシュリー・ブラウンと名乗るブラウン商会の御息女をお連れしました」

いつの間にか横に来たサリーからコーヒーカップを受け取りつつ、さて、次の仕事だと気持ちを切り替える。

「アレがこなければ、窓、割れなかったかなぁ」

そう溜め息とともに一人ごちると同時に、背後で誰かが入室する気配があった。


 話が終わると、リリーが恐る恐るハリスに近づいて来た。

 どうしてこんな態度になったのだろうか?と一瞬疑問が浮かぶが、すぐにそう言や窓叩き割ったんだったと思い出し

「ごめんなー、ビックリしたよなー」

 とリリーの頭を撫でた。

 それでいつものハリスに戻ったと感じたのか、安心したようにリリーはハリスに抱き付いた。

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