慣れてきた日常

 窓を割ってから二週間。

 リリーはハリスにつかず離れず平穏に過ごしていた。

 しかし、彼女から漏れ出てくる好奇心は次第にハリスとの間に距離を作る。

「嬉しいやら寂しいやら……。

 タツヤ、どう思う?」

薬師の作業場に到着するなり、ハリスの脇をすり抜けて入っていくリリー。

 すでに専用の作業場が設けられ、タツヤが言い出した衛生管理の下消毒殺菌を行ってから蛙の魔獣の皮で作った作業着を着込む。

 その様はさながら虹色の白衣を着たちびっ子研究者だ。

「この仕事場にもリーダーの保護が行き届いていると理解したんでしょう。

 この拠点の中では活動的ですが、外には一歩でも出たがりませんからね」

「そ、そうなのか」

こうやって自分の下を離れていくように思えるリリーでも、ハリスの知らないところでまだ寄りかかった状態だったことを知ってハリスは多少機嫌を直す。

「わかったら今の内に仕事をこなしてくださいね。

 今日は回復したニールセンさんとの面談と、上手く行ったら魔物討伐部と顔合わせですよ。

 実働隊は人数足りないんですから気合い入れて勧誘してください。

 戦直前のアナタくらい実力が有るのは調べがついていますからね」

「年齢的に俺とそう変わらんから、本人が希望すれば別の所に置きたいんだが」

「別に実働隊だから若者に混じって狩りをするわけではありませんよ。

 リーダーくらいの実力の人が付きっきりで指導するって宣伝だけで人は集まって来ます。

 そうすれば集めてくる魔物素材の質、種類、量、全てが増え、主な収入源である薬品、魔道具の取扱量が増え、構成員への給料が増やせます。

 構成員への給料のネックが素材調達なのはリーダーも知るところでしょう?」

「……頑張らなきゃ」

「意気込むのはリーダーの場合逆効果になるのでいつも通りにしていてください。

 ぎらぎらした雰囲気をまき散らしてたら釣れる魚も釣れなくなるでしょう?」

「難しいことを言うね」

「頭の片隅にでも置いておいてくださいと言ってるだけです。得意でしょう?」

「わかったわかった。

 でも、最期に会ってから六年かぁ。

 お互い老けたんだろうなぁ」

そうぼやくと、ハリスは自分の執務室の前。

 ビシッと気を引き締めて扉のノブに手をかける。

「遅くなった。

 俺が『凡骨の意地』リーダーのハリスだ」

「美味しいお茶をいただいていて過ぎる時間も楽しませて貰ったよ。

 元『終焉の誓い』雑用係のニールセンだ。

 まず、助けていただいた事に最大の感謝を。

 あのままでは俺は確実に野垂れ死んでいた」



所戻ってリリーは十も数える程のポーションを作り上げていた。

「ふむ、相変わらず質のいいポーションを作るね。

 失敗は初めて作ったときの二、三個くらいか?

 実に素晴らしい」

そう言ってリリーのポーションの鑑定を行っていたエルフのクリャーニは、心配そうに結果を側で待っていたリリーの頭を撫でる。

クリャーニは鑑定士を纏める筆頭鑑定士だ。

 その鑑定眼は見事なもので、飲まず、嗅がずに瓶に入っているポーションの種類、質、誰が作ったかまでを言い当てられる。

「やはり素晴らしい才能をお持ちだ。

 一年修行すればこの国を代表する薬師に慣れるかも知れないね」

そう言って、クリャーニに撫でられて喜ぶリリーを見つめるのはサンデライト。

 薬師筆頭の獣人、ホワイトウルフだ。

 クリャーニ、サンデライト共に中年に片足を突っ込むエドフィンやアフィリーよりも年上なのだが闊達としており衰えを感じさせない。

「そう言えば、リリーに任せた薬草園の一角が面白いことになって居ての。

 ペカペカして居るんじゃ」

「ほう?それは気になるな。

 リリー、連れて行ってくれんかぇ?」

サンデライトの話に興味がわいたクリャーニが、リリーの手をつかみ引っ張っていく。

 その逆の手をサンデライトが握ると、リリーはうれしそうに笑って二人を先導し始めた。

 祖父母と孫の連れ合いを見守る雰囲気が出来上がり、三人が部屋を退室するまで薬師全ての作業が中断した。

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