命名

 すぐ来ると言っていたハリスは、次の日の夕方になって漸く幼女の下へ顔を出した。

 その間幼女の相手をしていたサリーとタツヤは夕飯の時も拠点の食堂に顔を出さなかったので何事かと思ったが、

「名前を決めてきたぞ」

と言う、いつもより弱々しい声音で入ってきたハリスを見て生温かい視線をハリスに向けるのだった。

「仕事は大丈夫ですか?」

「手が着かなかった」

「おい」

丸一日悩み抜いたのか一日にして頬はやつれ、覇気だけで大柄に見せていた彼の雰囲気は小柄のタツヤと同じくらい小さく見える。

 そこまで悩まなくとも良いんじゃないかと思うが、彼の好ましいたちであるから警告も難しい。

「名前はリナリー。私が保護するからリナリー・フォードになるな」

「あら普通」

サリーからの評価は口では辛辣にしつつも良好。

 幼女もそれでいいのか笑顔で満足気だ。

「じゃあ、渾名はリリーだな。ん?……ほーん」

その様子を見たタツヤは何かに思い当たり、したり顔になる。

「そうか。リリー、これからよろしくな」

渾名を聞いて早速利用するハリスは、リリーを抱き上げて高い高いをする。それを受けてリリーは嬉しそうに両手両足を広げる。

「そう言えば、リリーってなんだ?」

「ウチの国では百合って呼ばれる別の国での花の名前。俺が居た世界では花に何かしら意味を与えるんだが……」

「だが?」

「百合の意味は『純粋』、『無垢』、あとは『威厳』だったかな?彼女の所作や言葉から察するに高位貴族だし、的を射た渾名だなって」

「それでしたらリナリーも花の名前でタツヤの言う花の意味も同じ物ですよ。案外、同じ花なのかも知れませんね」

「え?そうなの?」

話を聞いていたサリーが口を挟むも、つけた本人がそれを知らなかったらしい。

「まぁ、確かに彼女の名前を考えていたらリナリーが思い浮かんで最終的にこれがピッタリだとは思ったが」

「誰もが思い浮かべるイメージなんでしょうね」



 今日の夕食からリリーはハリスに連れられて食堂に顔を出し、そこで『凡骨の意地』の構成員と共に食事を摂ることになった。

 食事の最初にハリスがリリーを紹介し、どこの誰かが分からないことと振る舞いから貴族であろう事、それから言葉は話せないが此方の言っていることは理解しており筆談でコミュニケーションが取れることを伝える。

「嬢ちゃん、えらい目にあったんだなぁ」

そう涙声で声をかけてきたのはハリスの半分くらいの身長の男。顔は皺が寄り始め、豊かな髪や髭には白髪が目立つ。

「俺ぁ、エドフィンって言うんだ。エドって呼ばれてる。よろしくな」

『よろしくお願いします』

ハリスに抱えられているリリーは差し出された手を身を乗り出して掴み、反対の手で器用に文字を浮かび上がらせる魔法を発動させて挨拶をする。

「おぉ……!こんな娘っ子が頑張って覚えたんだなぁ……!いい子だぁ……!!」

それを見てとうとうエドは泣き出してしまった。

 リリーは慌てたがいつもの事のようでハリスを始めタツヤやサリーも動じていない。

「エドは食事中真っ先に酒が入って泣き上戸になるんだ。

 紹介の時に酒を飲んでたしな。

 ドワーフで酒好きなんだが、ドワーフにしては珍しく下戸なんだよ」

ハリスがリリーに説明する横で、ひとしきり泣いたエドは励ます声をかけた後どこかへ覚束ない足取りで去っていった。


「こりゃあ、ちんまい背格好さね。しっかり食うもん食っとるか?」

 夕食を終えてまったりと食堂のどんちゃん騒ぎを眺めていると貫禄のある甲高いしゃがれた声をかけられた。

「こっちだよ」

首を振って声の人物を探すが誰も居ないのを不思議に思い首を傾げていると、不機嫌そうな声が下から聞こえた。

 そちらを見るとジト目でリリーを見据える顔だけは初老の、リリーとどっこいどっこいの大きさの女性が立っていた。

 飛び上がりそうになる程驚いたリリーではあったが、ハリスの膝の上であったのが幸いしてハリスの頭に頭突きを食らわしたくらいで転げ落ちることはなかった。

 まぁ、完全に不意打ちを食らったハリスはリリーの後ろで悶絶し、リリーはリリーで頭を押さえてうずくまったが……。

「何してるんだい。あたしゃアフィリーて言う裁縫師さね。おまぁはリリー言うたか?よろしくな」

 そう言いつつ、アフィリーも手を差し出してきたので頭を抱えつつもリリーは手を握り返し、『よろしく』とだけやっとの思いで返答する。

「おぉおぉ、しっかり挨拶出来る子なんだね。気に入った。明日くらいに服作っちゃるけん楽しみにしいや」

リリーの態度に気をよくしたらしいアフィはかっかっかと笑いながら去っていく。

 『はい。お願いします』と言うリリーの返答は読まれなかったが、それでも去っていく後ろ姿にリリーは手を振っていた。

「アフィはノーム族のおばあちゃんで、ノーム族は下戸で酒を好まない種族なんだが、彼女はザルで酒好き。よくエドと飲んでるな」

そんな彼女の頭を撫でつつ、アフィの補足説明を加える。

「そういうリーダーは酔ったところを見ないけど」

そう言いつつ、給仕を終えたらしいタツヤが自分の分をテーブルに置きながらハリスとリリーの向かいに腰を下ろす。リリーから見て右にはずっとサリーが座っている。

「俺はセーブしてるからな。この時間に襲撃されて誰も動けませんじゃ不味いだろう?」

「偶にはリーダーも羽目を外して貰わないと、こっちも遠慮しちゃうんで何とかしてくださいよ」

そう言いつつ、手元の料理を頬張るタツヤ。円形の薄いパンにトマトソースを塗り、チーズと葉っぱを散りばめた料理らしい。

「その料理は?」

「マルゲリータっつうウチの世界の別の国の料理です。こっちじゃ初めて作ったのかな?昨日朝市でバジルを見つけたんで食べたくなりました」

「タツヤが食べたくなる料理か……」

「食べてみます?リリーも食べたそうだし」

ハリスがつぶやくとタツヤは何でもないことのように聞いてくる。ついでのように発せられた言葉に視線を落とすと、伸びるチーズに心を奪われたリリーの姿が……。

「……頂こう」

最近料理を食べ過ぎて体が重くなってきたんだよなぁ。と言う言葉は心に鉄箱を用意して鎖で雁字搦めに封印し、リリーとハリスで一切れずつ貰う。

 唸るほど旨い。

 因みに、リリーは伸びるチーズをやりたかったらしくそれをやって目を輝かせて喜んでいたが、食べきれない事に絶望していた。

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