あなたはだぁれ?
夜が明け、昼過ぎ位に幼女が目を覚ましたらしい。朝方サリーを彼女の側に置いておいたが直ぐに目を覚ましたようで良かったとハリスは安堵した。
「絶食させられていたかも知れないのでタツヤに重湯を作らせ食べさせている所です」
幼女を運び入れた部屋の前でサリーは、ハリスに向き直ってから扉を開ける。
部屋に入ると、金髪碧眼のやせ細った幼女が綺麗な所作でもってスプーンで重湯を口に運んでいた。
夢中になって食べているのかこちらに意識を向けない。
「けっぷ」
暫くして漸く満足したのか、満足そうにスプーンを置いた。
その時思わず出てしまったゲップも可愛らしく、声も可愛らしい。
思わずクスッとハリスが笑ってしまうと、漸く彼の存在を認識した幼女は、ガタンッと座っているベッドを鳴らしてしまうほど体を振るわせ身を固めた。
「あぁ、緊張しなくて良い。どこの誰だかは知らないが、そんなになるまでよく頑張ったね」
そんな彼女に近づき、さらに身を固める幼女の頭を労るようにポンポンと優しく撫でる。
「大丈夫。元気になるまで君を保護しよう。家の事は考えずに伸び伸びと暮らすと良い」
そう言いつつ、幼女を抱き上げて腕に座らせ、正面を向かせタツヤに向き直る。
「料理……ご飯を作ってくれた彼はタツヤ・スズキ。
俺も良く理解していないんだが、遥か遠くのニッポンという国から落ちてきたらしい。
彼の作る料理は物凄く特別でな、宮廷料理も霞むほど華やかで美味しい料理を作ってくれる、今では無くてはならない料理人だ」
そう紹介すると、呼応するように恭しくタツヤは頭を垂れる。幼女は理解したかのように頷いて見せた。
「こっちはサリー。
本名サーシャ・リーズベルト。
元はリーズベルト子爵の令嬢だったが家の方針で一度平民に下っている。
情報収集が趣味で、その趣味が今の俺達の仕事に役立っている」
「はじめまして」
続いて紹介したサリーは、ハリスの紹介を受けてにこりと微笑んだ後カーテシーをして見せる。
これにも幼女は頷いて見せた。
「そして、俺だがハリスという。正式にはハリス・フォードで男爵位を戴いたが元々平民出身のため名ばかりだな。
ここ……は、どこかわからないか。
ここは『凡骨の意地』という傭兵団の拠点だ。まぁ、ここが俺達の家だと思ってくれればいい」
連れ出そうとするとサリーに睨まれたのでベッドに戻し、膝を突いて視線を合わせてから自らも名乗る。
これにも頷いて見せた。
それを見てハリスも頷くと、立ち上がってサリーとタツヤに「後はよろしく頼む」と言付けた後、幼女に向かってちょっと仕事を片づけて来ると言ってこの部屋から去っていった。
「さて、此方の事は理解して貰ったかな?じゃあ君の事を教えてくれる?」
バトンを真っ先に受け取ったのはタツヤの方だった。
ベッドの側に腰を下ろして見上げるように幼女を見る。
「………………」
それに対して幼女は困ったように首を傾げてタツヤを見返すばかりだ。
「ん?」
予想していなかった反応に、タツヤは眉を顰める。これはどういう事なのか?とサリーを見ると、丁度幼女も助けを求めるようにサリーの方を向いた。
「……もしかして、声が出ませんか?」
彼女の表情から推測した言葉は、幼女の我が意を得たりと言った表情を作り出した。
それを見た二人は天を仰ぐ。
その反応を引き出してしまった幼女は慌てたように何かを書く仕草をして見せ、
「あ、その年でもう字が書けるの?」
と言うタツヤの驚く声を引き出した。
その言葉に満足そうに頷く幼女。
「じゃあ、これ出来る?」
そう言いつつ、タツヤは空中に光る文字を書き出した。
それを見た幼女は見たことが無い物に表情を輝かせたが、直ぐに表情を曇らせて首を横に振る。
「魔法はまだ習ってないのかな?
魔力量はもうサリーに届くくらい有りそうだけど。
……まぁ、いいや。筆記具取ってくる」
タツヤはそう言うと立ち上がって部屋を出ていった。
タツヤの言葉に意味が分かっていない幼女は首を傾げるが、サリーはその言葉にとても衝撃を受けて固まっていた。
暫くも経たない内に戻ってきたタツヤとサリーで、幼女への尋問が再開される。
此処で得られた情報は、
名前はあるが呼ばれると身をすくめてしまう事。
先程のハリスという人物に名前を付けて欲しいと言う事。
ボートマンと呼ばれる人物が追っ手を差し向けてくるかも知れないと言う事。
アステムと言う執事が家から逃がしてくれたと言う事。
この四つである。
紙が高価なので回答の後、魔法で使用前に戻したのが幼女の好奇心を刺激してしまい、段々と字が読めなくなって行ってしまったのでタツヤが話を打ち切って魔法のデモンストレーションを始めてしまった。
サリーはハリスに現状を伝えて指示を仰ぐが、ハリスはやりたいようにやりなさいと言われてしまい、途方にくれつつ二人の居る部屋に戻ってきたところだ。
戻ってきたサリーを見つけ、両手を上げて喜ぶ幼女。
それを見てサリーは悩んでいたのが馬鹿らしくなり、溜め息とともに彼女に近づいてハリスのやったように頭を撫でてあげた。
満面の笑みで喜ぶ幼女に、サリーも嬉しくなる。
「もう少ししたらハリスが戻ってきますよ。そうしたら名前を付けて貰いましょうね」
そう言うサリーは、自分でも驚くほど慈愛に満ちた声音をしていた。
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