40.泥臭くったって良いじゃないか②


 ——牽制の動き、何か窮屈そうなんだよね……


 上原の牽制に帰塁した内山は、もう一度ジリジリとリードをとる。


 上原はチラッと一塁を見てから、すぐさまクイックモーションでボールを投じる。


「ボール!」


 高めに浮いたストレートを、亀山は見送った。上原は険しい表情のままキャッチャーからの返球を受け取ると、そのまま内山の方を睨みつける。


 ——やっぱり……


 1点差ではあるけれど、2アウトランナー1塁。1塁ランナーが帰れば同点とはいえ、長打が出ない限りはホームまでは帰って来られない。基本的にはバッターとの勝負に集中すれば良い場面である。それなのに、やたらこちらを気にしているということは、きっとランナーを背負って投げるのが得意ではないのであろう。


 ——ちょっと揺さぶってみるか……


 上原がセットポジションに入ると同時に、内山は再びベースを離れる。上原は少し長くボールを持ってから、パッと足を上げる。


 ——今……!


 投球モーションに入ったのを確認してから、内山が盗塁のスタートを切る。


「行ったァ!」


 琉球電力ベンチで、誰かが大きく叫ぶ。それと同時に、数歩だけ走っていた内山はストップ、急いで一塁ベースへと引き返す。キャッチャーは捕球してすぐに立ち上がると、素早いステップと小さなテークバックから1塁へ牽制球を送る。


「セーフ!」

 キャッチャーからの牽制球を受けたファーストが内山にタッチするよりも早く、頭から帰塁した内山の手がベースに触れた。


 ——うーん、この辺までが限界か。でもまあ、これだけ動いてれば嫌でも気になるっしょ? さあ、後は頼んだぜ亀山……


 結構際どいタイミングになったから、これ以上ベースから離れると、恐らく刺される。そもそも脚力がある訳ではない内山が良いスタートを切れたとしても、盗塁が成功するかは怪しい。ここでバタバタする意味はあくまでバッテリーを混乱させて少しでも意識を内山に向けさせることであり、亀山に打って貰わない限り得点は望めない。


 もう一つ牽制を挟んでから、再び上原がセットポジションに入る。そこからチラッと肩越しに一塁を確認してから、サッと足を上げて投球モーションに入り、流れる様に滑らかに右腕を振り下ろす。


 パァァァン!


 亀山がコンパクトなスイングで振り抜いたバットが、少し甘く入った直球を捉える。弾き返されたライナー性の打球は、ショートの頭の上を越えていく。

 バットに当たった瞬間にスタートを切った内山は、セカンドベース手前まであっという間に到達する。


 ——抜けろーっ!


 左打者ということでセンターが少しライト寄りに、長打警戒でレフトがライン際に守っていたことで通常より広く空いていた左中間を転がっていく。センターが最短距離でボールを押さえようと左手を伸ばし、レフトは既に半身の体勢でボールを追う。が、それをあざ笑うかの如く、ボールはほとんど失速せずにその間を抜けてフェンスまで転がっていく。


 ——よっしゃ! これなら跳ね返っても来ないだろ!


 二塁を蹴ったところでボールが外野手2人の間を抜けていったことを確認した内山は、そのまま躊躇することなく3塁ベースをも蹴る。

 このグラウンドの外野フェンスは金属の金網。野球場の外野にあるラバーフェンスの様にクッションボールが大きく跳ね返ってくることはない。これならきっと、内山の足でもホームに帰れる。


「滑れ、内山ァ!」


 次のバッターである阿波根が、ホームベースの向こう側で両手を広げて「スライディングしろ」とジェスチャーする。


 ——右……!


 バックホームされたボールを受けようとしたキャッチャーがフェアグラウンド側、内山から見て左側に動く。内山はキャッチャーから見て一番遠く、少しだけファールグラウンド側に走路をとる。そして足からスライディングした内山はホームベースに触れようと左手を伸ばす。それとほぼ同時に、返球されたボールがキャッチャーミットに収まる。


 ——間に合え……!


 伸ばした内山の手を目掛けて、キャッチャーミットが伸びてくる。が、そのミットはホームベースにほんの少しだけ届かない。


「セーフ!」


 審判のコールに、内山はガッツポーズを作って雄叫びを上げた。


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