41.泥臭くたって良いじゃないか③
「ナイスラン!」
「よっしゃ、追いついたぞ!」
ネイチャーズベンチが、戻ってきた内山をガッツポーズやハイタッチで出迎える。打った亀山も、2塁ベース上でネイチャーズベンチに向かって渾身のガッツポーズを向ける。
「ほら、仲村渠も」
「……」
拳を向けなかった仲村渠に対して内山は拳を突き出すが、仲村渠はそれに応じない。
——おいおい、俺に不満があったとしたってこんな時に水を差すなよ……
ふつふつと湧き上がってくる怒りを堪えながら、内山はあくまでもいつも通りの口調で話しかける。
「どうしたんだよ、これで同点だぜ?」
「……チッ」
小さな舌打ちの後、少しの沈黙を破って仲村渠が口を開く。
「プライドとか無いんスか? これがサヨナラを決める1点だったとかならともかく、まだ同点で、しかもあんな塁上でバタバタして相手の集中力削ぐとか、見てるだけで恥ずかしいッスよ。あんだけプロ、プロって言ってる人が、そんな小賢しいことやるなんて思ってなかったっスわぁ」
仲村渠が半ば煽るような口調で返す。
——こ、コイツ……
「いい加減にしろ、仲村渠」
ベンチの端に居た監督の桐生が、決して大きくはないけれど、でも威厳のあるどっしりとした口調で怒鳴りつける。
「今のプレー、何が不満なんだ?」
「あ、いや……」
グラウンドに視線を送り続けながら問うた桐生に、思わず仲村渠がたじろぐ。
「言いたいことがあるんだろ? だったら堂々と言ってみろ。それで采配批判だ、とか言うつもりは無ぇから」
「あ、その……、いや、だったら言わせてもらいますけど」
一度言葉に詰まった仲村渠が、意を決したように口を開く。
「こんなセコいやり方で、恥ずかしくないんですか? それに内野安打でガッツポーズしてみたり、プライドとかって無いんですかねぇ?」
一瞬にして、ベンチ内の空気が凍りつく。
「点を取ったこと自体は良いことだと思いますよ、そりゃ。でも……」
仲村渠が、わざとらしくため息をつく。
「こんな、こんなレベルでそんなあがき方して、何の意味があるって言うんですか! このレベルの相手に『横綱相撲』出来ない様なヤツが、プロでやれるとは思えないッスよ。こんな泥臭いマネして……」
「良いじゃねぇか、泥臭くたって」
ここまで何も言わずにいた仲村が、仲村渠の言葉を遮る。
「泥臭くたって、良いじゃねぇか。そんなにお前は、いや俺たちは、琉球ネイチャーズは強いのか? まだ出来たばっかのこのチーム、まだ寄せ集めに毛が生えた程度でしか無いこのチームが、ずっと頑張ってきたチーム相手に横綱相撲で勝てる位に強いっていうのか?」
「……」
珍しく声を荒げた仲村に、ベンチ内の全員が押し黙る。
「そして何より、俺が気にくわねぇのは、頑張ってる人間を馬鹿にしてるってことだ」
「いや、それは、そんなつもりは……」
「『横綱相撲で勝たなきゃいけない』? それって大した作戦を立てなくても力で押し切れるだけの力の差があるんだって、相手を見くびってるってことなんじゃねぇの? それに『セコいやり方』だの『プライドが無い』だのって……、やれることを全部やって頑張ろうとしてるヤツを馬鹿にしやがって……」
「いや、そんなつもりじゃ……!」
ベンチに一瞬の静寂が訪れる。ちょうど相手が守備のタイムを取ったから、通り抜けていく風とそれに揺すられた木の葉の音以外に耳に入る音しかない。
「泥臭いことが出来ないヤツに、何が出来るんだろうな。野球選手としてだけじゃなく、人間として……」
そんな沈黙を、桐生の呟くような一言が破る。
仲村渠はその一言に、ただただうつむいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます