38.温室育ち


「わぁっ、とっ、ったっ……」


 ショートを守る増尾大河ますおたいがが、軽くイレギュラーして変な跳ね方をしたボールを左の手首に当てて弾く。さらにそれを素手で拾おうとしたものの手に付かず、ボールはセカンドベース後方を力無くコロコロと転がる。


「おいおい、またかよーっ」


 どこからともなく、そんな声が漏れる。無理もないだろう、これがネイチャーズ4個目のエラー、そして増尾の本日3個目のエラーになるのだから。


「タ、タイムお願いします!」


 良くない流れを切ってこのままズルズル行かない様に、内山が主審に要求して一度タイムを貰ってマウンドへ向かう。それを見て、内野陣もわらわらとマウンドに集まってくる。


「す、すみません……」


 増尾が青ざめた顔で頭を垂れる。


「まあ、気にするな、とは言わねぇけどさ……」


 本日の先発、熊田達樹が左手にはめたグラブで軽く増尾の胸を小突く。


「大河が手を抜いてエラーしたんじゃないことは分かってるからさ。まあ、何だ、ちょっとキツいけど、そうなっちゃったもんはしょうがないじゃん」


 熊田は元々育成選手として大江戸クラフトマンズでプレーしていた選手で、同じリーグの横浜セーラーズに在籍していた増尾とは面識があったらしく、練習後とかにはよくつるんでいる。ちなみにこの2球団は一軍は名古屋クインセスも同じリーグだったけれど、東西で分けられる二軍は別リーグだったから内山とはファームで顔を合わせる機会が無く、かつ彼らは一軍出場経験が無かったから、内山とはこのチームに入って初めて互いの存在を認識した選手である。


「多すぎるなーって思うけど、まあ今日は下が天然芝……っていうか雑草だしな。大河って、しばらく天然芝のグラウンドで守ったこと無かっただろ?」


 グラウンドは、主に土、天然芝、人工芝の3種類に分けられる。水はけの良さや管理のしやすさ、土埃の舞いにくさなどから、プロが使う様な球場や都会の球場は人工芝が敷かれていることが多く、逆に地方球場やこういったグラウンドはお金が掛からない土のグラウンドが多い。ちなみに手入れに手間とお金が掛かる人工芝を使うグラウンドは日本では多くないのだが、見映えがかなり良いことから甲子園球場など一部の球場では芝管理専門の業者と契約するなどしてまで天然芝を敷いているところもある。

 そして、それぞれ弾み方や打球の勢いの殺され方などが変わってくる。一般的に、一番プレーしやすいのは人工芝だと言われ、イレギュラーしやすかったり打球速度が落ちやすく前に出て捕球する必要がある土や天然芝はそれに比べて難しいと言われる。まして、雑草混じりのグラウンドでは、より一層バウンドは不規則になって守りにくくなるものだ。


「お前は高校も名門校だし、なかなかこんなグラウンドでプレーしたこと無いんだろ? エラーが出るのもまあ、無理は無ぇんじゃないか。」


 セカンドを守っている亀山が口を挟んでくる。


「増尾さ、ちょっと捕り方雑かも。焦ってる?」

「まあ、ボールがどうしても来ないんで、早く投げなきゃいけないかなと思って……」

「おう、ならそんなに気負う必要も無いぜー、まずは丁寧に捕ってしっかり投げな!」


 口ごもりながらしゃべる増尾の肩を、亀山が軽く揉む。


「そうそう、引き摺ってもしょうがないしな。少しずつ慣れていこうぜ」


 内山がそう言って増尾の胸に軽くミットを当てると、増尾は少し硬かったけれど笑みを浮かべる。


「よし、あと一つしっかり取ろう!」

「「おおっ!」」


 ——そっか、良い環境でばっかりやってきた選手だと、高校からずっと練習場所が人工芝、なんてこともあるのか。思ってたより、やらなきゃいけないこと多いのかもしれないな、こりゃ……


 内山も含め、今まで恵まれた環境でプレーしてきた選手は少なくない。だからこそ、整備が甘い環境下でプレーした経験が無く、思わぬところで苦戦を強いられることもあるのだろう。やらなければならない事が意外と多いのかもしれない。内山はそれぞれのポジションへと戻っていく皆の背中を見ながら、そんなことを感じていた。


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