37.想い、そして意味


 ——あれ、ここが今日試合する球場? いや、グラウンドとは聞いてたけど……


 遠征前の最終調整のため、と組まれた社会人チーム・琉球電力との練習試合。都市対抗野球大会——社会人チームにとっての『甲子園』と言うべき大会——に沖縄代表としてもう何年も連続して出場しているこのチームは専用のグラウンドを持っていて立地上交通の便も良いからということ、それに少しでも早くキャンプ地の球場を空ける方がネイチャーズ側の費用が安く済むという理由で、「琉球電力野球部グラウンド」と名付けられた場所で行われることになった。が、到着してそのグラウンドを見た一行は、思わずそのグラウンド状態に言葉を失った。


 ——いや、まあグラウンド自体は整備されてるけど……


 ベンチはかなり色褪せているし、外野は公園にある様な金網のフェンスがあるだけで衝突した時の衝撃を和らげるラバーすら無い。ボールが飛び出ていかない様にゴルフ場にあるのと同じ様な高い防球ネットが張られては居るものの、外野に芝が敷かれているわけでもなく少年野球や草野球をやるようなグラウンドとほとんど変わらない。おまけに、レフト後方は道路を挟んですぐに海だから、海からの風が何にも遮られること無く吹き付けてくる立地。言われなければきっと都市対抗野球に何度も出場しているチームのグラウンドだとは思わないであろう。


「すいません、わざわざお越し頂いて」


 ネイチャーズ一行が到着したのを見て、琉球電力の監督・高嶺真一たかみねしんいちが、被っていた帽子を取りながら挨拶に来る。


「ちょっと今日、風が強くて大変かもしれないですけど、よろしくお願いします」


 ——こりゃ辛いな……


 2月、というか冬の沖縄はかなり風が強い。高く上がったフライなどは風に流されてかなり捕りにくくなるし、気温自体はさほど低くなくてもかなり体温を奪われてしまう。球場でやる時にはスタンドが風除けになってくれるからフライが上がらない限りはそこまで風のせいでプレーし辛いと感じることは捕手はあまり多くないのだけれど、このグラウンドはスタンドも風除けになるようなものも無いからいつもより風が気になってしまう。


「よーし、じゃあアップとキャッチボール始めてくれー! 今日は寒いからいつもより念入りに身体ほぐしてくれよー!」


 ネイチャーズのトレーニングコーチを務める井田浩太郎いだこうたろうが、選手全員に聞こえる様に声を張る。


 ——うーん、これが「普通」なのかぁ……


 林がこの琉球ネイチャーズというチームを立ち上げた理由は幾つかあるらしいが、あえて遠征が大変だったり台風などで日程が狂いやすいこの沖縄に本拠地を置いたのは「せっかく高校までは野球が盛んなのに、それよりも上のステージを目指そうとした時に地元を離れなければならない」ことを何とかしたい、というのがあったらしい。沖縄というのは離島であるが故に遠征が難しいが故に独立リーグや強豪の社会人チームが活動拠点を置きたがらず、都市対抗野球に出場出来る社会人チームはこの琉球電力くらいである。そしてその都市対抗野球で勝ち上がっていく様なレベルのチームでやろうと思ったら県外に出るしかなくなってしまうため、そしてさらに県外のチームに所属するということは移住を余儀なくされることを意味するため、野球を続けることに対するハードルが他の地域に比べて上がってしまうのだ。


 ——これが林さんがここにチームの拠点を置きたかった理由か……


 グラウンドの反対側でアップしている琉球電力の選手たちの中には、見たところ同世代かそれよりも下、20代前半くらいと思われる選手が何人も混じっている。給与だとか雇用だとかがどうなのかは分からないけれど、少なくともプレー環境に関しては恵まれているとは言い難い。上を目指すために「恵まれた環境を用意したい」という想いはきっと、こういう光景を目の当たりにしてきた中で生まれてきたものだったのだろう。


 ——こりゃ勝たないと、だな……


 まだまだ琉球ネイチャーズは発足したばかりで、個々のレベルはともかくチームとしてはまだまだである。連係プレーどころか、攻撃面ですらまだ個の力に依存していて、「チーム」ではなくただの「集団」でしかない状態である。しかし、ここで元々あったチームに負けている様では、琉球ネイチャーズというチームが創られた意味が、そしてその存在意義が問われることになる。

 アップ中の内山の表情が、キリリっと引き締まった。

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