36.目論み
「あれ、遠征には全員行くんじゃないんですか?」
「そのつもりだったんだけどさ。高橋だけは居残りでフォーム固めやってもらおうかなと思ってる。野手陣は全員連れて行くつもりだけどね」
監督の桐生が、監督室にあったホワイトボードにこれからの日程と対戦相手を書き込みながら、内山にメンバー表を手渡してくる。
「でさ、ピッチャー陣のやりくりをちょっと相談したくてさ」
キャンプも後半に差しかかり、ここから先は紅白戦や対外試合などが中心になってくる。そして2月いっぱいでキャンプが終わると、JPB球団がシーズン開幕に備えて沖縄から本土に移動していくのに合わせて、ネイチャーズも遠征する予定になっている。少し前に遠征があるということを聞いた際には、所属選手も少ないため全員を連れて行くと言っていたはずだが、どうやらそれは変更になったらしい。
「遠征中にやるのは9試合……、日程も空いてるし先発陣は2試合投げる感じになるかな? ウチで先発やれるのは仲村、熊田、桜井と……、仲吉も行けるか?」
「社会人相手なら、木村さんも先発で行けるんじゃないですか?」
「うーん、木村かぁ……」
ホワイトボードに貼られた、選手の名前が書かれているネームプレートを動かしながら、ああでもないこうでもないと起用を考えていく。
「2軍相手って言ってもプロな訳だし、今回は社会人も強いところと試合を組ませて貰ってるからなぁ。先発が崩れる試合も何試合か出てくるだろうから、肩を短時間で作れるしロングリリーフもこなせる木村はリリーフ待機させたいんだよなぁ」
「木村さんがリリーフ……」
JPB球団相手とは言え、2軍相手に何も出来ないほどネイチャーズとの差が開いている訳ではないはずである。日本の社会人野球とか独立リーグというのはJPBには及ばないとは言え十分レベルは高く、練習試合などではプロ相手に勝ってしまうこともあるほどである。実際、JPB球団を退団して社会人チームや独立リーグにプレーの場を移したバッターが打てなくてスタメン落ち、なんてこともさほど珍しくないくらいである。
とは言え、やはりネイチャーズの方が劣るのもまた事実。チームの中で力のあるピッチャーをぶつけていったとしても、抑えられる保証なんてどこにも無い。いや、たとえネイチャーズがJPBレベルのチームだったとしても、このレベルの相手にそんなものがあるはずないのだが。
「木村なら、ロングリリーフでもある程度抑えてくれるだろうと思ってさ。それと、仲吉も投げさせてみたいんだよなー、アイツはあんまストレート速くないし、指名されるとしたら先発としてだろうから、スカウトたちに先発としてチェックしてもらいたいんだよね」
——!
スカウトたち、という単語に内山が思わず反応する。
「何だ、驚いた様な顔して。そりゃ来るだろ、シーズン中のトレードとかだってある訳だし。ウチの選手を見に来たわけじゃなかったとしても、活躍が目に留まってリストアップされる可能性はあるしな」
——そっか、そりゃスカウトも見に来るか。ってことは……
当然、内山のプレーだってスカウトに見られることになる。しかも、何試合も組まれているのだから、そのチャンスは少なくないはずである。シーズンが始まる直前のこの時期に彼らに良い印象を与えることが出来たならば、シーズン中の補強として声が掛かる可能性が高くなることは想像に難くない。この遠征はチームとして初めての遠征ではあるのだけれども、それと同時にJPB球団への貴重なアピールチャンスでもあるのだ。
内山の口元がきゅっと引き締まったのを見て、桐生はどこか安心した様に小さく頷いた。
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