35.夢を諦めるために
カアァァァン!
紅白戦翌日、全体の集合時間前にキャンプ地の球場に着いた内山の耳に、バットの芯でボールを捉えた快音が飛び込んできた。
——誰だ、こんな時間に……?
カァァァン!
——と、冨田……?
マシンを相手にバットを振っているのは、25歳になる左打ちの内野手、
「おう、朝から頑張ってるな!」
「あ、内山さん! おはようございます」
内山に気付いた冨田が、被っていたヘルメットをとって挨拶してくる。
「ごめんごめん、邪魔する気は無いんだ、気にしないで続けてくれ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「すみません、後片付けなんか手伝って貰っちゃって……」
「いやいや、俺が自分でやってるんだから気にしないでくれよ」
ベンチ横にある倉庫にバッティングマシンを戻しに行く途中、冨田はしきりに頭を下げてくる。あまり気にすることでもないと思うのだが、基本的に体育会系というのは上下関係に厳しい。だからなのだろう、ほとんど歳が変わらない内山に対しても、やたら遠慮しているような口調で話してくる。
「でも、朝から打ってるなんて驚いたぞ? 昨日の感じからして、冨田も『プロに行けるとか思ってない』って思ってんのかな、って思ってたから」
「ああ、まあ、それは間違ってないんですけど……」
冨田は一呼吸置いて続ける。
「確かに、自分がプロに行けるとは思ってないんですけど。でも、だからといって一生懸命やらないっていうか、上手くなろうとしないっていうのは違うんじゃないかな、って思ってて……」
——?
「あ、えーっと……」
首を傾げた内山を見て、冨田は何か上手い説明はないかと思考を巡らせる。
「俺、プロ野球選手になるっていう夢を諦めるためにこのチームに入ったんです」
「夢を諦める……?」
「はい……、自分でも分かってるんです、プロに行ける訳が無いってことは。25にもなって、守備も大して上手くなければ脚力がある訳でも無い、しかも守れるのはファーストとサードだけ。バッティングだって、パワーはあるけど確実性は無い。こんな選手、誰がどう考えたって指名されないですよ。年齢的にも、外国人選手かもっと若い選手に枠を割いた方が良いに決まってる。でも……」
冨田がくるりと振り返って、身体をグラウンドに向ける。
「でもやっぱりどこか、受け入れられなくって。このままズルズル夢を追いかけることは出来ないって頭では分かっているつもり、なんですけどね。だから、最高の環境で1年間思う存分野球をやって、『俺はやれるだけやったんだ、それでも手が届かない夢だったんだ』って自分を納得させてから、夢を諦めたくって……」
——なるほど、だから……
朝の爽やかな風が、球場の外に広がるサトウキビ畑からサワサワサワ、という心地良い音を鳴らし、そのままグラウンドを吹き抜けていった。
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