34.根っこ


「俺、基本的に皆JPBを目指しているんだと思ってました……」


「ちょっとメシでも行かないか」という仲村からの誘いに乗った内山は、同席していた外野手・阿波根奨あはごんしょうと共にキャンプ地近くにある地元の食堂の座敷で、そう言いながら肩を落としていた。


「まぁ、俺もJPBに戻ろうと思って入団した訳じゃないけどな」

「でも、阿波根さんはちょっと違うじゃないですか」

「まあ、それはそうなんだけどさ」


 注文したゴーヤチャンプルーの島豆腐を口に運びながら、阿波根が続ける。


「俺も含めてだけど、このチームに居る以上はJPBを目指さなきゃいけないっていうのはなー、って思っただけ。ただ、だからなあなあで練習したり試合したりするっていうのは確かにちょっと頂けねぇな」


 阿波根は今年で32歳、このオフに大江戸クラフトマンズから戦力外通告を受けた際に一度は引退を表明した選手である。が、沖縄出身の彼に、「一緒にこのチームを盛り上げてくれる『地元のスター』が欲しい」という琉球ネイチャーズからのオファーがあってそれを撤回、さらにはチームのキャプテンまで任されることになった。故に、阿波根はJPB復帰を目指すというよりも、琉球ネイチャーズというチームを引っ張ることや地元出身選手としてこのチームを盛り上げていくことを求められている立場なのだ。


「ま、俺もそうだし客観的に見ればJPBに行くのは厳しいヤツが多いのは間違いないし、ここでキャリアを終えることになるかもしれないとは思うけど。でも、じゃあ何でわざわざ沖縄まで来て野球してんだ、って話にはなりますよね」


 ネイチャーズに入団した選手のほとんどは大卒3年前後の選手で、年齢的に恐らくJPB入りはこれがラストチャンス。さらに、野球選手の道を諦めることになって仕事を探すにしても、若ければ若いほど有利になる。プロに行こうが行くまいが、無駄に過ごせる時間の猶予は無い。その上仲村渠の様に沖縄出身というのならば別だが、そうでない選手に関してはわざわざ沖縄まで引っ越してまで野球をやることになるのだ。


「待遇が良いってのも考えものなのかなぁ……」


 阿波根が溜め息をつく。


「ありがたいこと、だと思うんですけどねぇ……」


 内山もそれに被せる様にして溜め息をつく。


 琉球ネイチャーズは「野球に打ちこめる環境を提供する」ということをチームとして掲げており、故に給与や球団からのサポートが手厚い。給料に関しては社会人野球には劣るものの、他に何か別の仕事をしながらプレーする独立リーグに比べればかなり良く、しかも琉球ネイチャーズは野球にだけ注力していれば良い。それを考えれば、他の仕事をせずとも生活出来る琉球ネイチャーズはプロを目指す上でかなりの好環境だと言えるだろう。


「なあ、このチームで本当にJPB目指してるヤツってどれくらい居ると思う?」


 阿波根が2人に問いかける。


 ——どうなんだろ……、あの感じだと意外と目指してないヤツも多いのかなぁ……


「どうなんスかね、『本気で』目指してるヤツは案外多くないのかな、って思いますけど。『行けたら良いなー』くらいには皆思ってるでしょうけど」


 溜め息交じりに仲村が答える。


「でもそんなんじゃ、JPBに行くなんて無理ですよね。このチームに居る時点で、才能とか身長とか生まれ持ったものだけではそこに届いてないってことなのに……」

「だよなぁ……」


 このチームに居る、すなわちJPB球団に所属出来ずにいるということは、上のステージでプレーするには何かが足りないと判断されたいうことである。もしそこに食い込みたいのであれば、同世代のJPBの選手達を上回る力を身に付けるしかない。そしてその為には並々ならぬ努力が必要なはずで、「出来ればJPBに」程度の生半可な気持ちでやっていては届くはずがない。



「もしかしたら、意外とこのチームにとって根深い問題なのかもしれないな……」


 阿波根がまるで独り言をこぼしたかの様に、ぽつりとそう呟いた。


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