33.温度差
キャンプも半ばに差しかかり、ネイチャーズ初となる紅白戦。その4回裏、0対0で迎えた白組の攻撃。紅組の先発マスクを被る内山は、1アウトからエラーとフォアボールで出したランナーを長打で返され、さらにフォアボールでランナー1、2塁となった場面でマウンドに向かう。
「悪ぃ悪ぃ、ちょっと力んじまった」
「いやー、ボール自体は良いぞ、自信持っていこう!」
「ごめんな、元はといえば俺のエラーから……」
「ドンマイ、そういうこともあるさ」
ピッチャーの小松航を含めマウンドに集まってきた内野陣に、悲痛な様子は見受けられない。それどころか、互いのミスを慰め合いつつ、どこか軽い空気感すら漂っている。
——コイツら……
「お前らさ、やる気あんの?」
マウンドに集まってきていた内野陣の顔が、内山の一言で一気に強ばる。
「別にグラウンドで歯を見せるなとか言いたい訳じゃないけどさ」
ふつふつと内側から沸き上がってくるものを何とか堪えつつ、内山は言葉を選ぶ。
「ミスしたこと自体を責める気は無ぇ。けどさ、ミスしても構わないってのは違うんじゃねぇの? エラーして、打たれて、急に制球定まんなくなってフォアボール出して崩れ始めたところでヘラヘラしてられるのって何で? どんなそれにトップリーグじゃないとは言え、一応お前らお金を貰って野球やってる『プロ』だろ?」
全員が顔を強張らせたまま、静かに頷く。
「なあ、お前らJPBに行きたいんだろ? だったらこういう……」
「またそれですか、内山さん」
ショートを守っていた仲村渠圭汰が、内山の言葉を遮る。
「いっつも『プロだ』『もっと上に行きたいなら』って言いますけど、この中から一体どれだけの選手が上に行けると思ってんですか? それに、何かにつけて『プロなら』なんて言ってる内山さんだって、そこで結果を出せなかったからここに居るんだから、正直痛……」
「おい、言い過ぎだぞ圭汰」
セカンドを守る
「あのー、そろそろ……」
主審を務めてくれている専門学校の学生審判が、申し訳なさそうに輪に近付いてくる。プロ野球の審判員、特にJPBの審判員というのは「アンパイアスクール」という1週間の講習を受けた後に採用試験に回ることになるのだが、採用されて育成審判や研修審判となってもまずは独立リーグに派遣されたり、二軍戦で経験を積まない限りは一軍の試合を裁くことは出来ない。一軍デビューまでに数年、一軍定着には10年掛かるとも言われる審判の道を歩むのは、選手としてプロに挑むのと変わらないほどの茨の道を行くことになる。こういった紅白戦などでの審判不足と、経験を積みたい学生との思惑が合致したことからネイチャーズはこのキャンプ期間にプロを目指す数名のアマチュア審判員を受け入れているのだが、こういった場面では遠慮してしまって強く出れないらしい。
「でも、この中に本当にJPBに行けると思ってる人がどれだけ居ますか?」
「それは……」
一瞬全員が無言になる静寂が訪れる。
——まさか、本気でJPBを狙ってるのって、ほんの一握りだったのか……?
ここに居るほとんど全員が、JPBを目指しているのだと勝手に思い込んでいた。全員がその目標に届くはずがないことは分かっていたけれど、ほぼ全員が「俺はJPBで戦うんだ」という意志を持っているものだと思っていた。だが、今のこの反応を見れば……
「あの、時間……」
申し訳なさそうな声が、無言の時間を終わらせる。
「ほら、もう良いでしょ? いい加減にしないと、遅延行為って言われますよ」
仲村渠が発したその一言で、張り詰めていた緊張の糸がぷつん、と音を立てる。そして、仲村渠がくるりと背中を向けてショートの定位置へ向けて歩き出す。
「おい、圭汰! ……でもまあ、そういうことですよ内山さん。もちろんそこを目指してる人も居るんでしょうけど、そうじゃない人間も居るってことですよ」
そう言い残して、佐々木もセカンドのポジションへと戻っていく。
——そんな……
「あの、時間、流石に……」
主審の声で、残っていた全員が自分のポジションに戻っていく。
マウンドからキャッチャーズボックスに戻る内山の頭はただただ真っ白で、もう何も考えられなくなっていた。
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