22.立場


「良かったんですか、初日からあんなこと言っちゃって?」


 キャンプ2日目。全体練習が始まる前のグラウンドで素振りをしていた内山は、偶然通りかかったらしいジャージ姿の寺田に話しかけた。


「良かったって?」

「高橋に言ってたことですよ。ほら、このままじゃプロでは通用しないって話」


 ああ、あれか、と寺田が合点がいったというように頷く。


「初日からあんなこと言われたら、メンタルとかやられないですか? ただでさえ高橋は指名漏れして神経質になってるかもしれないのに……」

「まあ、それはそうかもしらんけどさ。ただ、アイツに関して言えば、もうそこからは立ち直って次に進もうとしてるところだと思うぞ」

「?」

「だってさ、アイツ野球の話してる時、目ぇキラッキラさせてるんだもん。もう、ドラフトのことは引き摺ってないと思うぜ?」

「だとしても初日からっていうのは……」


 フォームを変えるというのは、特にピッチャーにとっては選手生命を賭けることと同義であり、プレーヤーとして最大の岐路にもなりうる大きな決断である。そんな大きな決断が必要となる選択を、大卒1年目にいきなり初日から持ちかけるというのはあまりにも酷だと思えてしまうのだが。


「ま、性格とか見ながらやってっから、その辺は心配すんな。それより……」


 選手が集まりだしたグラウンドに目をやった寺田が、急に険しい表情になる。


「ここに居る全員、もう時間が無いんだよ」


 ——!


「プロを目指してますって言うんなら、このチームに所属してる時点でもう時間は無ぇんだよ。この中で一番若いっつっても、高橋だって例外じゃねぇ。もし大きく変えるんだったら、今からやらねぇと間に合わなくなる」


 ——……


 寺田は、険しい表情を崩さない。その寺田が言わんとするところが分かった内山も、キッと顔を強張らせる。


 このチームは、「プロに届かない者たちの集まり」なのである。言い方は悪いかもしれないが、そもそもプロに行けるだけの力があればこんなところには居ないはず。そしてこのチームに居るのは年齢的には全員が大卒以上であり、プロを志す者の多くがプロ入りを果たしている歳になっている。社会人から入団する中には25、6歳の選手も居るが、それはほんの一握りで、全体の人数からすれば微々たる枠である。無論、このチームに居る選手はその僅かな可能性に懸けた者たちな訳ではあるが。


「来年があるかどうかも分からねぇ。無駄に出来る時間なんて無い奴らなんだよ、ここに居るのは。そして俺は、まあ人を見ながらだけど、厳しいことを言わなきゃいけない立場だからな」


 ——そっか、俺だけじゃないんだ、時間が無いのは……


 戦力外通告を受けて、トライアウトを受けてもどこからも声が掛からなくて、それでもなお選手としてやっていく決断をした内山は、自分に時間が無いことを常に感じていた。自分よりも若い選手が活躍し始めているのだ、それを超えるだけの魅力があると思って貰えなければJPBの世界に戻れないのだから、彼らよりもさらに速く成長しなければならない。

 だが、言われてみて気付いた。そもそもこの年齢でプロを目指している時点で、彼らだってもう残された時間は少ないのだ。


「お前も『プロの世界』ってのを知ってる立場だし、このチームにはバッテリーコーチも居ねぇ。キャッチャー陣にはどんどん感じた事とか伝えて欲しいし、ピッチャー陣にも遠慮しないで厳しいことも言ってやってくれ」


 ——そうだ、そうだった。俺はその役目もあってこのチームに呼ばれたんだった……


『ウチには、間違いなく内山選手の力が必要なんです。このチームが、いや、このチームとこのチームでプレーする選手たちが目標とするレベルでやっていくために、力を貸してくれませんか?』


 内山と話す為だけにわざわざ名古屋まで来た時の林の言葉が、鮮明に脳裏に浮かんでくる。


「ま、せっかくこのチームに入ったんだ。選手としてJPBにずっと残ってたら出来なかった経験が出来るって考えりゃ、悪い事じゃないだろ? んで、案外そういうことって『選手時代に知ってたら』ってこともあったりするんだよ。このチームの為ってのもあるけど、JPBを目指す上でも貴重なことかもしれないぜ?」


 野球に携わり続けたい、という思い。それこそが、このチームへの加入を決めた一番の理由だったではないか。


「じゃあ、そんな肩書きは付いてないですけど、『兼任コーチ』っていう気持ちで居て良いですか?」

「良いんじゃねぇの? 俺個人の意見になるけど、そういう視点を持ってる選手って、それだけでも魅力的だと思うしな」


 寺田の答えを聞いた内山は、キッと険しい表情で大半の選手が集まってきたグラウンドに目を向けた。


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