21.期待のルーキー


 寺田が「フィードバックするぞ」と言いながら、計測機器の測定結果が表示されたノートパソコンを覗き込みながら内山と高橋の2人を手招きで呼ぶ。


「内山が言ってた通り、良いボールが来てる。スピード自体は140キロそこそこでそんなに速い訳じゃないけど、回転数はプロでも一軍レベルだわ。スライダーもあんなに曲がる奴、なかなか居ねぇしな」


 野球でよく言われる「良いボール」というのは、何もスピードが速いボールや曲がりの大きな変化球のことだけを指すのではない。「良いボール」というのにはいくつもの要素が絡むけれど、投げたボールの回転数が多いというのはよくキレがある、と言われるようなボールだという事である。



「——ただ、このままでは恐らくお前は通用しない」


 寺田が躊躇せずに放った一言で、一気に場の空気が凍り付く。


 ——初日からいきなり……?


 沈黙の時間が流れる。高橋は驚いて固まったままだし、内山もどうして良いか分からずただ突っ立っていることしか出来ない。


「お前の投げ方だと、プロじゃ通用しないんじゃないかと思う」

「えっ……」


 沈黙を破った寺田の言葉に、高橋が言葉を失う。

 無理もないだろう。今まで身体に馴染ませてきたフォームでは駄目だと言われたのだから。


「映像を見た時にも感じてたんだが、今見てみて俺の中では確信に変わったよ。体の開きが早すぎるんだ。内山も『ボールは通用する』って言い方をしてたあたり、俺と同じ様に感じてるんだと思うんだけど……、内山、お前はプロで高橋が通用すると思うか?」


 ——!


 いきなり話を振られた内山は、思わず一瞬たじろぐ。


 ——これ、感じたことそのまま言ったら傷つけちゃわないか……?


 いきなりキャンプ初日に「通用しない」なんて言われたら、誰だって多少はショックを受けるだろう。まして高橋は大卒1年目、そんな若い選手に本音をぶつけて良いモノだろうか。かと言って、お世辞で「通用するかも」なんて言うのは違う様な気がする。


「本音を言いな」


 恐らく内山にしか聞こえないくらいの小さな声で、寺田が内山の背を押す。


 ——じゃあ、まあ……


「俺も、正直このままでは厳しいと思います」


 こう言ってきたということは、何かマズイことがあればきっと寺田がフォローしてくれるはず。それならば、と内山は言葉選びつつ高橋に感じた事をそのまま伝える。


「ボール自体は良いんで、体の開きが早いことさえ良くなれば、すぐにでも活躍出来るんじゃないかと思うんですけど。でも今のままでは、多分プロのバッター相手だと空振りが取れないんじゃないかな、と思って」


「空振りが取れない……? ど、どうしてですか……?」


 高橋がやや狼狽えながら問うてくる。


「お前のフォームはあまりにも球の出所が見やすいんだ。だから、指先からボールが離れた瞬間に、バッターは球種が分かっちまう」


 問いに、寺田が割って入る。


「大学レベルなら、お前ぐらいの球のキレと変化量があれば打ち取れるだろうと思うが、プロに行くレベルの選手だと当てる位は出来るんじゃねぇかな」


 寺田が身振り手振りを交えながら話すのを、高橋は直立したまま、だけどどこか心ここにあらずというような様子で聞いている。


「なあ高橋。いっその事、フォーム変えてみないか? お前のそのスライダー、スリークォーターよりもサイドスローかアンダースローの方が生きると思う。何より、ここまでのクセなら直すよりも一からフォームを作っていった方が直しやすいんじゃねぇかと思うんだ」


「あの……、まだ俺のボールに対してバッターがどう感じるのか見てないのに、見切り着けるの早すぎません? せめて1試合、バッターがどんな反応するのか、見たいです……」


 高橋が、絞り出すようにして今のフォームを続けたいと寺田に伝える。


 フォームを変更する、という寺田の提案に、高橋だけでなく内山までもが言葉に詰まる。

 ピッチャーでもバッターでも、フォームを変えるのはかなり勇気の要ることで、フォームを変えたことによって今までの感覚が一変することもある。一度狂った感覚はたとえ元のフォームに戻したとしても戻ってくるかどうかは分からない。特にピッチャーはそれで思う様なボールが投げられなくなって引退する選手も珍しくない訳で、高橋が躊躇うのも当然のことであろう。


「そうか、分かった」


 寺田は呟くようにそれに応じると、軽く口を尖らせてPCの画面に視線を落とす。


 ——初日からここまで言うのか……


 琉球ネイチャーズでのキャンプ初日は、何とも言えない微妙に気まずい空気で終わりを迎えた。


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