20.プロを目指す者たち②


「時間、まだ大丈夫?」

「とりあえずバッティングもしましたし、一通りはメニューこなしたので大丈夫ですよ」

「じゃ、高橋のボールも受けてくれねぇか?」

「良いっすよ。大学出たばっかの、サウスポーでしたっけ?」

「うん、そう。アイツはもうある程度身体を作ってっから、変化球も混ぜて良い。ちょっとお前の意見を聞きたいこともあるから、その時は遠慮しないで正直に言ってくれ」

「? わ、分かりました」


 寺田が高橋を呼びに行く間に、内山はホームベースの周りをトンボで平す。


 ——寺田さんとか林さんは「多分ウチの中で一番ドラフトに掛かる可能性が高い」って言ってたよな……


 高橋は、このチームの投手陣の中で唯一「ルーキー」といえる、大卒1年目の左ピッチャーである。「上位指名の可能性も」なんて言われていたのに、まさかの指名漏れでこのチームに入団することになったらしい。わざわざサウスポーにとってのエースナンバーである47番を与えられているということは、その期待はお世辞ではないのだろう。



「待たせたな内山! キャッチボールから始めてくれ」

「よ、よろしくお願いします……」


 ——どんな球投げるんだろ? ちょっと楽しみだな……


 ブルペンに入ってきた高橋は、大して背が高くもなければガタイが良い訳でもない、「どこにでも居そうな小柄な選手」という印象である。ということは、きっともの凄いボールを持っているとか、とてつもなく正確なコントロールを持っているとか、何か他のピッチャーには無い武器があるのだろう。良いピッチャーのボールを受けたいと思うのは、キャッチャーの性というやつである。


 強めのキャッチボールをしてから、内山はマスクを被ってホームベースの後ろ、キャッチャーズボックスの中にしゃがむ。


「じゃあ、まずストレートから」


 マウンドの高橋がしゃがんだ内山に向けて真っ直ぐグラブを突き出して、球種を伝えてくる。


 高橋はゆったりと足を上げると、腰から思い切り下半身を捻る。体重を移動しながら捻っていた上半身の力を一気に左腕に伝えてしなやかに左腕を振り抜いた。

 高橋の指先を離れたボールが、シュルルルルッと空気を切り裂いて向かってくる。


 ——おぉっ!


 少し上にミットを動かしつつしっかりと真芯で捕ると、ミットからパチィン! とボールが革を叩く言い音が響いた。


 春先だからそこまで球速は出ていないはずだが、体感では140キロ以上出ている気がする。まあ、正確な数字は後ろに設置されている計測機器の表示を見れば分かることだが、いちいち見に行く訳にもいかない。


 ナイスボール、と声を掛けながら返球すると、高橋は嬉しそうに顔をほころばせる。


 ——素直なヤツ、なんだな……


 ピッチャーは感情を露わにするタイプもポーカーフェイスを崩さないタイプも居るけれど、こんな風に「感情を隠せない」タイプの選手は稀である。マウンドではあまり表情に出ると不利に働く場面が多いということもあって手放しに喜ぶことは出来ないことなのかもしれないけれど、でも何となく彼の人間性が滲み出ている感じがして少しほっこりする。


 だが、今の1球を受けただけでも分かる。こんなストレートが投げられるのなら、確かにJPB球団からの指名だって夢じゃない。


「もう1球!」

「よし、来い!」


 構えた所とは少し違うところに来たけれど、しなやかな腕の振りから投じられたストレートは浮き上がってくるように感じられるほど良いスピンが掛かっている。


 ——だけど……


 ボール自体はもの凄く良いのだけれど、やたらと右肩の開きが早いのが気になる。肩の開きが早いということは、言い換えれば「球の出所が見やすい」ということである。バッターからボールが見やすいということは、それだけ打ちやすいフォームだということである。ボール自体は一級品なだけに、あまりにも勿体ない。



「持ち球はストレートとスライダーの2つか?」

 何球かストレートだけを続けたところで、高橋の横で腕組みをしながら見ていた寺田が高橋に声を掛ける。


「いえ、それにスクリューも。基本的には見せ球としてしか使わないんですけど、一応」

「じゃあ、全部の球種を何球かずつ投げてもらっても良いか?」

「はい!」


 寺田とのやり取りを終えると、高橋は左手でその軌道を示しながら「スライダー行きます」と伝えてくる。それに内山が頷くと、高橋はセットポジションに入る。そこから右足を上げた高橋は、ストレートと変わらないしなやかな腕の振りでボールを投じる。


 ——うおわっ!?


 高橋の指先を離れたボールは、右打者の外角から一気に膝元まで切れ込むようにグイッと曲がり落ちていく。慌てて大きくミットを動かす。


 ——痛ってぇ!


 ボールはドスッ、という鈍い音と共にミットに入った。想定外の曲がりに、内山は対応出来ずにミットの土手、手の平で捕ってしまった。手で言うところの水かきの辺りで捕るのが基本で、ここで捕ればミットからも良い音が鳴るし痛くも無いのだが、土手で捕ると音は悪いわ手は痛いわで、良いことは一つも無い。


 ——何だよ、この変化量……!?


 ここまで強烈に変化するスライダーはプロでもなかなか見ない。ストレートのキレといいこの変化球といい、球自体は間違いなくプロに行ける、いやプロでやっていけるだけのものを持っている。



「——なるほど。大体分かった」


 ストレートと変化球、合わせて30球ほどを投げ込んだところで寺田から「今日はここまで」という合図が出された。寺田は今の投球練習のデータを確認しに、後ろに置いてあった計測機器の方に向かい、高橋と内山はクールダウンの為のキャッチボールに移る。


「良いボール投げるじゃん!」

「あ、ありがとうございます」


 褒めると、高橋はこぼれるように、嬉しそうな顔になる。


「ボールだけだったら、プロのピッチャーにも引けを取ってないと思う。聞いてた通り、マジで将来JPB以外のチーム行けるぞ、これ!」


 別に隠すつもりも無いのだろうし、まあ隠す必要も無いのだけれど、高橋はキャッチボールをしている最中ながら満面の笑顔を浮かべる。


 ——どうなんだろ、でもフォームのことって言った方が良いのかな? でも俺、コーチじゃ無いし、初日からそんなこと言って話しづらくなったりしてもなぁ……


 高橋の何も考えていなさそうな屈託無い笑顔に、内山はどこかきゅっと胸が締め付けられるような気がした。


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