19.プロを目指す者たち①
「とりあえず、すぐ来るはずだから木村のボール捕ってもらえる? 出来れば、その後も何人かのボールを受けて欲しいんだけど……」
「分かりました」
ブルペンに行くと、投手コーチの寺田綾斗がマウンドの後ろに置いてあるベンチにボールとロジンを並べているところだった。
「木村は冬場まで社会人の大会で投げててオフが短いから、まだあんまり力は入れないで投げさせたくてさ。変化球はアイツが投げたいって言うなら別だけど、今日は30球くらい基本はストレートだけ投げさせて欲しい」
このチームに居る選手の経歴は様々である。「野球に集中出来る環境を」というチーム方針を掲げて最低でも野球だけで生活出来るだけの給料を出してくれているから、生活が苦しい中で独立リーグプレーしていた選手たちが多く移籍してきた。が、安定した環境を捨ててでも高いレベルでやりたいといった木村のような選手やJPB復帰を目指す選手、さらには新卒で入団した選手まで居る。だから個々の置かれていた状況もバラバラで、しっかり自主トレをしてキャンプインに備えてきた選手も居れば、前のチームでギリギリまで試合に出場していた選手も居る。キャンプインの時点で足並みが揃わないというのはチームとして如何なものかと思わないでもないが、まあそれも結成1年目の駆け出しチームだからこその苦難なのかもしれない。
「すいません、お待たせしました」
「おう、来たか。内山に受けてもらってくれ」
「え、あ、お願いします、内山さん」
「こちらこそ宜しくです! えっと、とりあえず遠慮無く思いっきり投げてくださいね?」
「あ、わ、分かりました……」
——って言っても、遠慮してるよなぁ……
口調も振る舞いも、明らかにこちらに気を遣っているのが分かる。年齢は木村の方が1つ上だから敬語で話す必要など無いはずなのだが、きっと内山がJPBに居たことがあるから何となくそうしているのだろう。こういうよく分からない壁みたいなものがあるのも、駆け出しチームならではである。
「よし、来い!」
内山の声に頷いた木村が、セットポジションから足を上げ、オーソドックスなオーバースローの投球フォームから右腕をしならせる。投じられたボールは、パチィン! という革の音と共に内山のミットに納まった。
「ナイスボール!」
内山からの返球を、木村は帽子のつばを右手でつまみながら受け取る。
——そんなにかしこまらなくても良いのに……
ついこの間までお互いに別のチームでプレーしていたとは言え、今はもう同じ琉球ネイチャーズの一員なのだから、変に遠慮しない方が良いと思う。が、基本的に上下関係が厳しいこの世界で、年上相手に「気兼ねなくやりましょうよ」などと言えば「年下のクセに生意気な……」なんて思う人も居るかもしれない。
「ナイスボール!」
投げ込んでくるボール自体は悪くない。よくスピンの掛かった重い球質のストレートは、多少甘く入っても高ささえ間違えなければプロでもそう簡単には飛ばされないだろう。
——良い球、なんだけど……
如何せん、構えた所になかなか来ない。勢いのあるボールがきっと持ち味なのだろうが、ちょっとでも粘れる打者相手だとフォアボールから崩れそうな感じがする。良い球を持つピッチャーだが、JPBから指名されない理由はきっとこの辺にあるのだろう。内山自身も含め、このチームに居る選手は「何か」が足りないからJPBに届いていないのだ。
——早いとこ打ち解けて、早くああだこうだ言いながら練習してぇな……
気心の知れた相手なら感じた事をそのまま伝えて試行錯誤することが出来るけれど、これくらいのまだ互いにどんな人間なのか探り合っているくらいの関係性だとなかなかそうもいかない。どうしても遠慮があるから、キツい言い方にならないようにと気を遣って言葉をオブラートに包んでしまうものである。これから関係を築いていくのだからこういう時期も必要なのだけれども、それが続いている内は共に高め合える様な練習をすることは難しい。
「ナイスボール!」
何とも言えない居心地の悪さを感じながら、内山はただ木村の直球を捕り続けた。
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