18.キャンプイン


 球春到来。新球団・琉球ネイチャーズにとって、初めてのキャンプインの季節がやってきた。キャンプとはシーズンが始まる前に各球団が行う、いわばシーズン直前の強化・調整期間である。キャンプでは自分の力をつけたり開幕に向けてコンディションを整えたりすると同時に、チームの連携を高めたりチーム方針を浸透させるための期間でもある。さらに、このキャンプ中に行われる紅白戦や練習試合といった実戦は首脳陣が選手の力量を見極めるタイミングでもあって、特に若手にとっては自分をアピールする絶好のチャンスでもあるのだ。まあ、基本的にレギュラーとして起用されるであろう内山にとっては、どちらかと言えばチームメートたちのプレースタイルや力量を理解したり、自分の実戦感覚を養うという意味合いの方が大きくなってくるのだろうが。


 さて、琉球ネイチャーズもJPB球団や韓国、台湾のプロリーグに属する他球団と同じく、2月1日にキャンプをスタートさせた。キャンプ地はもちろん沖縄。が、JPB球団が施設を使う関係で琉球ネイチャーズが本拠地として使う予定の球場はこの間使えないから、キャンプでは県南の別の球場を使用することになった。

 キャンプ前半は基礎練習と身体作り、後半は実戦形式の練習や対外試合、紅白戦がメインとなってくる。沖縄にはJPB球団と韓国球団、台湾球団を合わせて15球団が訪れる。彼ら同士で試合を行うことが多いものの、その他に沖縄に拠点を置く実業団チームとも良く試合が組まれる。今年はそれに加えて、琉球ネイチャーズとプロ球団との練習試合が組まれた。


 琉球ネイチャーズは将来的なJPB参入を目指すため、あえてどこのリーグにも所属せずにあらゆるチームと個別に試合を組むという方法をとっている。初年度の今年は、今のところこのキャンプでの練習試合くらいしかプロの1軍と試合する機会が無く、JPBが開幕して以降は実業団や独立リーグのチーム、またはJPBの2軍や3軍との試合がメインとなる。つまり、スター選手と対戦出来るのはこのキャンプ期間くらいしかないのである。このキャンプ期間にどれだけJPB復帰やドラフト指名に向けて重要なものなのか、理解していない選手は居ないだろう。



「おーい、内山ァ!」


 ——ん?


 バッティング練習を終えてボール拾いをしていると、内野のスタンドから林の声が聞こえてきた。


「な、どうしたんですか?」


 悲しいことにほとんどお客さんが居ないから、林の声がこの距離だというのによく聞こえる。平日はやはり少なかったとは言え、JPB球団であればまず間違いなくこんなことは出来ないだろう。


「ちょっとブルペンに来てくれ! ブルペンで捕って欲しいんだ!」

「りょ、了解です!」


 スポーツチームの経営というのはかなり厳しい。いくら野球が日本で人気のあるスポーツだと言っても、その最高峰であるJPBの球団以外は選手の給料を出すことさえままならないレベルの、カツカツの経営を強いられていることがほとんどである。琉球ネイチャーズもご多分に漏れずギリギリの経営でやっていて、チームスタッフも最少人数で運営されている。故にブルペンキャッチャーやバッティングピッチャーを務めることが出来る様なスタッフなど居らず、コーチ陣がその役割を務められる時以外は選手達が持ち回りでその役割をこなすしかない。


 ——ここから、もう一度……


 夢の舞台へ、戻るために。


 琉球ネイチャーズ・内山康太の新たな物語が、始まった——。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る