16.待ってるからな


「じゃあ、これでラスト!」

「お願いします!」


 マウンド上の大戸が、ゆっくりと振りかぶる。そこからゆったりと右足を上げて、力強く踏み込む。身体が開かない、球の出所の見にくいスリークオーターのフォームから、ピュッと左腕がまるで鞭のようにしなやかに振り抜かれる。


 ——身体が開かない様に……っ!


 カァァァン!


 真ん中寄り、やや外角にコントロールされたストレートを、内山は逆らわずに右中間へライナーで弾き返す。


「おー、ナイスバッティング!」

「ありがとうございました!」


 打球が低いバウンドを繰り返してフェンスに当たって跳ね返ったのを見届けると、大戸はくるっと振り向きグラブを叩いて内山に拍手を送る。内山は被っていたヘルメットを取って、大戸に礼を言う。


「これで内山は最後かぁ」

「何か……、寂しくなりますね」

「本当にありがとうございました。こうやって色んなピッチャーのボールを受けさせて貰って、その上皆にバッティングピッチャーまでして貰っちゃって……」


 一緒に自主トレをしてくれた面々が、次々と別れを惜しむように声を掛けてくれる。それに応じる内山の胸にも、何だかしんみりとした感じが溢れてくる。


 プロ野球選手は基本的に2月のキャンプイン直前まで自主トレを行う。が、内山が入団する琉球ネイチャーズは新たに結成する新規球団ということもあって、キャンプイン前にスタッフさんや首脳陣と選手達の顔合わせ、記者会見、ユニフォーム発表会等々その前にこなさなければならないイベントが目白押しなのだ。


「でも、何かホッとしましたよ、内山さんが現役続けるって聞いて。まだどこでプレーするんだかは分からないですけど」

「まあ、明明後日には言える様になるから待っててくれよ。まだ正式発表前だから言わないでくれって言われててさ」


 目玉になるような選手数名は既に球団から加入が発表されているけれど、それ以外の選手は「チーム結成報告会見」なる場で全員を紹介したいからとの理由で身内以外にはそれまで伏せておいてくれと言われている。既にいくつかスポンサーがついてくれているとは言え、新規球団の経営は厳しいはずだ。きっと大きな会見の場でインパクトを与えて、さらに注目を集めてスポンサーをさらに集めたいという思惑もあるのだろう。


「ま、最近の動向を見てれば大体予想はつくけどな。それにこの時期まで陣容を発表してない上に、チーム練習に混じらないでこうやって俺たちの自主トレに参加したってことはまだチームとしてはまともに活動してないって事じゃ無いのか?」


 ——!


 大戸がほぼズバリ言い当ててくると、それに他の4人も同調して頷く。


「それが当てはまる様なチームなんかほとんど無いだろうけど、今年はあるじゃねぇか。何て名前だっけ、沖縄に出来たっていう……」


 ——ば、バレてる……


「待ってるからな、内山。そん時は敵になるんだろうけど、いつかまたグラウンドで会おうぜ」


 大戸が掛けてくれたその言葉を噛みしめる様に、内山は何も言わずに大きく頷いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る