15.覚悟
自主トレが始まって数日。身体作りと平行しながら、投手陣はキャンプインに向けて各自の課題や新球の開発に取り組んでいた。
「やっぱ、リリーフでやっていこうと思ったら、空振りが取れるボールが無いと厳しいっすよね?」
「まあ、あった方が良いのは間違いないだろうなぁ。ただ、変化球は肘にも負担が掛かるし、もう一回肘を壊すことに繋がるかもしれないぜ?」
ここのところ、チームから中継ぎ転向を要請された濱谷が同じサウスポーである岡崎、大戸にアドバイスを受けながら、「空振りを取れるボール」をテーマに新しい変化球の習得を目指して投げ込んでいた。
「濱ちゃん、良いのか? せっかく怪我して育成に落ちて、そこからまた支配下に戻ったばっかりだっていうのに。もう一回肘やっちまったら、二度と投げれなくなるかも……」
「そん時はそん時ですよ。どっちみち長いイニング投げるのは厳しいですし、これで怪我してダメになるんならその程度の選手だったってことですよ」
——達観してんなぁ……
怪我をしたいと思う選手はまず居ない。が、それを恐れすぎて巡ってきたチャンスを棒に振ってしまっては、厳しいプロの世界では生き残っていけない。中継ぎ転向を打診された、ということは「中継ぎとして起用したい」という首脳陣の期待の表れであり、それはすなわちその選手にとってのチャンスが訪れたということである。首脳陣に期待されているということは間違いなく出場機会を貰える訳で、ここで結果を残せれば一軍定着だって夢では無い。巡ってきたチャンスをモノにしたいという思いはプロ野球選手であれば誰しもが持っているだろうが、この年齢で怪我を覚悟でそれを掴みに行くと躊躇無く言い切れる人間はいったいどれだけ居るだろうか。
「まだ『これからだ』って言って貰える歳ですけど、それもせいぜいあと2、3年ですし。それにクビになるんなら、『やりきった』と思える様なことをやってからが良いですからね」
——!
戦力外を受ける前に、こんな風に考えたことがあっただろうか。その向かっていく、進んでいく覚悟を何の躊躇もなく口にした濱谷の様に、死に物狂いで何かを掴みにいったことがあっただろうか。
「ハマ、本当に良いんだな? お前がずっと言ってた、『エースになる』っていうのはもう目指せなくなるんだぞ?」
「長いイニングを投げるのは厳しいって言われた時点でもう、エースになることは諦めましたから。もう、俺はエースは目指しません」
岡崎の問いに、濱谷はあっさりと答えた。普通ならすんなりと答えられるようなものではないはずなのに。
「内山さんすいません、捕ってもらって良いですか?」
「あ、ああ、もちろん」
——マジかよ、濱ちゃんはここまで覚悟を決めてたのか……
濱谷はまだ23歳、プロ入りして5年目だけれど年齢としては大卒1年目と同じである。それなのに怪我を乗り越えて、一軍で活躍しようと覚悟を決めている。自分の中では頑張ってきたつもりだったけれど、こんな風に全てを投げ出しても良い、というくらいの覚悟を持ってやったことがあっただろうか。
——こういうヤツがきっと活躍出来るんだろうな。どうなんだ、俺は……。今まで何をやってきたんだ?
年下の覚悟に触れて、自分の覚悟や頑張りがどれだけ甘いものだったのかを思い知らされる。
「じゃあ、最初はフォークからで!」
「オッケー!」
——俺も、もう一度あの世界に。レギュラーじゃなくたって良い、あの舞台でもう一度……!
エースになることを諦めた彼のように、たとえレギュラーとしてではなかったとしても、もう一度日本最高峰のJPBで、今度こそチームに貢献出来るような選手になろう。今度こそ、自分の持っているもの全てを懸けて。
「よし、来い!」
濱谷に向けてミットを構えた内山には、先ほどまであったはずの「ここに居て良いのか」「自分が選んだ道は間違っていなかったのか」という迷いが、綺麗さっぱり消え失せていた。
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