13.誘い


「電話では話しましたけど、改めて。はじめまして、琉球ネイチャーズの球団社長、林雄志と申します」

「何か無理言っちゃったみたいになっちゃってすみません」


 待ち合わせの喫茶店で差し出された名刺を、内山は謝りながら両手で受け取る。電話で「明日とか」なんて言ったのがきっかけになって、本人はそれで良いと言ったものの何だか林に無理させたみたいになってしまって、何だか申し訳ないような感じがする。できるだけ早い方が都合が良かったのは確かなのだが。


「いや、ウチとしても願ったり叶ったりなんですよ。編成を考えても、時間はあまり残されてないですからね。特に今、ウチは仲間を探している段階ですから」

「仲間を探す?」

「実はですね……」


 机を挟んで向かい合わせに座っていた林が、ずいっと身を乗り出してくる。


「内山選手は、プロ野球16球団構想、ってご存知ですか?」

「まあ、聞いたこと位はありますけど……」

「ウチはそのタイミングでのJPB参入を目指して、来季から発足する新チームなんです」


 ——なるほど、新チームか……


 それならば、チーム名に聞き覚えないのも納得である。そしてプロ参入を目指す為に、プロでプレーしていた選手を集めたい、という思惑も分からなくは無い。


「あの、林さん。プロ野球16球団構想って、実現までどれくらい時間が掛かりますかね?」

「うーん、そうだなぁ……、10年で実現すればかなり早いんじゃないかと思ってますが、どれだけ掛かるかはちょっと分からない、というのが正直なところですね」


 ——だよなぁ……


 何年も球界に居たのに「何か聞いたことあるな」というレベルの話だということは、まだ具体的な形になっていないということだろう。


「大丈夫、言いたいことは分かってますよ。聞きたいのは、『そんなに先の事じゃ、現役の内にこのチームがJPBに所属することなんか出来ないんじゃないか?』って事でしょう?」


 ——!


 言いたいことをあっさり言い当てられた内山は、思わず無言で頷く。


「間違いなく、ウチで来季からプレーする選手達が現役の間にウチがJPBに参入するっていうのは難しいでしょうね」

「ですよね……」


 あくまでも内山の目標はJPBでプレーすることである。そして年齢を考えても、このオフに所属先が決まらないようであれば、この先JPBでプレーする機会があるとは思えない。となれば、野球を続ける理由など……


「だからまずは、ウチからJPBに選手を送り出したいと考えてるんです」

「JPBに選手を送り出す?」


 内山の応答に、林は頷いてそれを肯定する。


「ルーキーにせよ復帰にせよ、ウチでプレーした選手をJPBに送り出したいんです。JPBに将来的に参入する為に、まずはそのレベルの選手を育てたいんです」


 ——だから俺にオファーを出したのか……


 JPBに選手を送り出すなら、まずはそこに近そうな選手を集めるというのは理に適っている。特にキャッチャーは特殊なポジションで、野手なら出来るというものでもないからプロでプレーしていた選手が欲しいのだろう。


「でも、俺はJPBに戻れないんなら、野球を続ける意味は……」

「内山選手なら、シーズン途中でどこかから声が掛かったり、来年もう一度トライアウトを受けて復帰を狙っても良いと思うのですが」


 確かに、キャッチャーに怪我人が多発する球団があればその可能性も無くはない。かつて、あまりにもキャッチャーに怪我人が多く出て二軍戦の日程消化が難しくなった球団が、慌ててブルペンキャッチャーを育成選手として登録したこともあるくらいなのだから。が、そんなことが頻繁にある訳も無く、そうやってJPB復帰が出来るだろうと言うのは、希望的観測が過ぎると言って良いだろう。


「すいません林さん、やっぱり俺、1年離れてJPBに戻れるような気がしないです……」


 再就職を考えた時、若ければ若いほど有利になる。どのみちJPBに戻れないのであれば、一年でも早く就職先を探す方が将来を見据えた時に賢い選択であろう。


「だから野球を辞めると?」


 林の問いに、内山は「まぁ」、と小さく答えて下を向く。


「じゃあ、野球を辞めた後はどうするつもりなんですか?」

「どこかに就職するしかないかな、と……」

「野球からはもう完全に離れる、ということですか?」

「そう、するしかないと思ってます……」

「それは、野球から離れたいってことですか?」

「いや、そういう訳じゃ……」


 そりゃ、野球から離れないで済むならその方が良いに決まっている。が、最後まで現役に拘るためにトライアウトを受けたのだ、それでダメなら野球から離れなきゃならなくなることも覚悟の上である。ブルペンキャッチャーの話を蹴って挑戦したのだから、野球に関わって生きることを諦めるというのも、仕方ないことだ。


「じゃあ、一緒に野球、やりませんか?」

「はい?」


 一呼吸置いて発した林の言葉に、内山は思わず素っ頓狂な声を出す。


「もし、まだ野球をやる熱意があるんなら、ウチでプレーしませんか?」

「いや、だから……」

「その後の就職先が、っていうのなら、そのままウチでコーチになってもらいたいのですが」


 ——こ、コーチ?


「話しぶりからして、どうも君はまだ諦めがついていないように思えるんですよね。野球を辞める理由だって、『今後の為』とか、そんな感じなんでしょう? 野球が嫌になっただとか、身体のどこかが痛くてプレーするのが苦しいだとか、そんなことじゃないんでしょう? ま、後者に関しては、事前に調べさせて貰った上でオファーしてますけどね」


 そこまで言うと、林は座り直して背もたれに寄りかかる。向かいに座っている内山は、呆気にとられて何も言えずに、ただテーブルと林とに交互に視線を送る。


「野球に関わり続ける、っていうのは選手だけでなく指導者っていう形もあるんですよ? どうやら君は自分の将来のことを考えて野球を辞めようとしてるみたいですが、別に野球に携わり続けながら生きていったって良いんじゃないですか?」

「えっと、その……」

「ウチは今、バッテリーコーチが居ないんだ。プロの世界を知るキャッチャーも。ウチには、間違いなく内山選手の力が必要なんです。このチームが、いや、このチームとこのチームでプレーする選手たちが目標とするレベルでやっていくために、力を貸してくれませんか?」


 もう一度身を乗り出して、内山に向き合った林の誘いに、半ば圧倒されて、内山は首を縦に振った。


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