12.オファー


「はい、内山です」


 ポケットに入れていたスマートフォンが鳴り出した途端、内山は条件反射のように画面をスライドさせて電話に出る。興味を持った球団があれば、1週間以内にこのスマホに連絡が入ってくるはずなのだ。


「はじめまして。私、四国独立リーグ・瀬戸内オリーブス編成部の岩崎いわさきと申します」

「は、はい……」


 ——また独立リーグかぁ……


 今日でトライアウトから1週間。今日が興味を持った球団が選手に連絡するデッドラインの日である。ここまで内山の下にはクラブチームや独立リーグの球団からはいくつかのオファーが届いていたものの、JPB球団からのオファーは皆無であった。


「内山選手、もう他の球団への所属が決まったりしていますか?」

「いえ、まだ決まってないですけど……」

「では、ウチでプレーする気はありませんか?」

「えーと……」


 ここまでJPB球団からの連絡が無いということは、もうオファーが来ることは無いだろう。戦力外から他球団に拾われる選手というのはそもそもトライアウトが始まる前からほとんど決まっているというし、トライアウトを受けたとしても大抵2、3日で所属先が決まる。どこの球団でも興味を持つ選手は大体同じだから、他の球団が接触するよりも前に連絡しようとするものだ。つまり、期限最終日まで連絡が無いという時点で、もう来季JPBでプレー出来る希望なんて無いと考えて良い。


 ——でも独立リーグでやる意味なんて、俺には……


 独立リーグからのオファーさえ来ない選手も居るのだから、こういう話を貰えるだけありがたいのかもしれない。だが、これから独立リーグでプレーしたとして、果たして何が得られるというのだろう。


「すみません、お話を頂けるのはとてもありがたいのですが……」


 ——やっぱり、俺はここまでなんだろうな……


「お話はありがたいんですけど、これからJPB以外のチームでプレーするビジョンが自分の中で描けなくて……」

「そうですか。では、内山選手の今後のご活躍をお祈りしています」


 内山は通話終了のボタンを押すと、はぁ、と大きな溜め息をつく。そしてスマホをズボンのポケットに突っ込んだその瞬間、再び着信音と共にバイブし始める。


「は、はい、内山です!」

「もしもし。私、琉球ネイチャーズのはやしと申しますが……」


 ——琉球ネイチャーズ……?


 聞いたことの無いチームである。独立リーグのチームにせよクラブチームにせよ社会人チームにせよ、わざわざトライアウトに来てオファーをしてくる様なチームであれば大体名前位は聞いたことがあるはず、なのだが。


 ——沖縄にチームがある、ってのさえ聞いたこと無いし。どこだ……?


 琉球、ということはまず間違いなく沖縄に本拠地を持つチームだろう。毎年2月の春季キャンプで沖縄に行って、その期間中には沖縄の社会人チームとも試合する機会があったけれど、そんな名前のクラブチーム相手に試合したことは無かったと思う。


「所属先がまだ決まっていない様でしたら、ぜひウチでプレーしませんか?」

「えっと……」

「JPB以外でプレーするつもりは無い、ですか?」


 ——!


「何でそれを……」

「ちょっとある人物からJPB以外でのプレーは考えてなさそうだ、って聞いていましたので。それが誰かは、まだちょっと言えないんですけどね」

「は、はぁ……」


 ということは、この人は自分がJPB以外のチームに入団する気が無いことを知っていてなお連絡してきた、ということだ。


「もしよろしければ、一度会って話せませんか? もしJPB球団からのオファーがこの後来る様であれば、そちらを優先していただいて結構ですので」


 ——話だけでも、聞いてみるか……


 JPB球団以外に興味が無いことを知っているのに、それでもあえてオファーしてくれたのだ。聞いたことの無いチームではあるけれど、ここまでして連絡をくれるとなると、嫌でも興味が湧いてくる。


「じゃあ、急ですけど明日とかでも?」

「ええ、じゃあ明日向かいますよ。ただ、午後でも良いですか? 今、沖縄に居るんで、これから飛行機のチケット取って行くとなると……」

「え! 今沖縄に!? いや、そんな無理は言わないで……」

「いや、行きます! せっかく話せるんなら、何としてでも!」


 林のまくし立てるような勢いに押し切られて、翌日の面会があっさりと決まった。



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