11.7日間


「内山選手、ちょっとお話を聞いても良いですか?」

「僕、ですか?」

「ええ」


 トライアウトを終えて球場から出ようとした時、きっと記者なのだろう、ペンとメモ帳を持った同い年位の女性記者に声を掛けられた。


 ——内山選手、か……


 あとどれだけ、こんな風に呼んで貰えるのだろうか。まだ現時点では現役の野球選手として見られているのだろうけれど、あとひと月もあればきっと「元」プロ選手だという認識に変わるのだろう。


「内山選手は今日を振り返ってみて、いかがですか?」

「そうですね。うーん、悔いしか、ないですね……」

「悔いしか……?」


 だって、やりたいことはほとんど何も出来ずに終わってしまったのだから。最後に自分の中で区切りを、と思っていた訳ではなく、何とかここでアピールしてJPBでまだやるんだと思ってトライアウトに参加していたのだから。


「あ、あの、内山、選手……?」


 ギリギリと歯を食いしばりながらうつむいた内山に、記者が恐る恐る声を掛ける。どうやらかなり鬼気迫った顔をしていたらしい。記者さんが、申し訳なさそうというか怖がっているというか、そんな感じの引きつった表情を浮かべている。


「いえ、すいません」

「あ、いや……」

「ここで結果出して来ているスカウトの皆さんにアピールしたかったのに、打てなかったので悔しいです。力みまくってたし、最後も付いていくのに精一杯で前に飛ばせなかったし、良いところなく終わってしまった感じです」


 内山は静かに、だがはっきりと言葉を紡ぐ。こういう風に質問されることなどもう無いのだろうと、一言一言を噛みしめながら。


「では、もう一つだけ。内山選手は、今後どうするおつもりですか?」


 ——今後、か……


「とりあえず、1週間はオファーを待ちます。その後は、そうですね……、まだ考えられないっていうのが正直なところです」


 考えたくない、という方が正しいのだろうか。「俺が何とかしてやる」と竹田が言ってくれているから、いきなり無職になるなんてことは多分無いだろう。が、野球を辞めた後の自分がどうなっているのか、どうしてもまだイメージが湧かない。そして何より、どこかからオファーが来る可能性が限りなく低いということは頭では分かっているけれど、それでもやっぱり野球の道を諦めなければならなくなるなんて、考えたくないのだ。興味を持った球団があれば、1週間以内に連絡が来ることになっている。せめてこの1週間だけでも、最後の望みに懸けていたい。


「オファーを待つ、ということはクラブチームや独立リーグでプレーすることも有り得る、ということでしょうか?」

「いや、基本的にはJPB球団からのオファーを待つつもりです。いや、まぁその可能性が全く無いってことじゃないですけど、JPBでやりたいので年齢的にも独立リーグでプレーするってのはあんまり現実的じゃないと思うんで……」


 プロ、という意味では独立リーグも含まれるかも知れないが、独立リーグのはその他の職に就きながら野球を続けている選手が大半であり、JPBを目指す選手がステップアップする為の場、という印象が強い。中にはもう一度JPBに戻るために独立リーグでプレーする選手も居るが、それは二十歳そこそこで大卒や社会人出身のルーキーと同じ位の年齢の選手やかつて何年も一軍で活躍したこおのある実績のある選手が多い。25歳、来年26歳になる上に何か目立った実績がある訳でもない自分が独立リーグに行ったとしても、興味を持ってくれる球団など出てこないだろう。


「とりあえず7日間、祈りながら連絡を待とうと思います」


 独り言のように静かに、だがしっかりとそう言い切った内山に、彼女はそれ以上何も言っては来なかった。




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