8.トライアウト③
——ちくしょう、これじゃとても……
「肩の力抜けよ、内山」
——!
5打数1安打で迎える6打席目に向けて、内山はネクストバッターズサークルに入ろうとベンチから腰を上げたタイミングで後ろから声を掛けられた。驚いて振り返ると、そこには仲村が微笑みながら立っている。
「何か今日、変に肩に力入ってるように見えるぞ。これが最後になるかもしれないんだぜ? 最後くらい、自分のスイングで打ちなよ」
「な、仲村さん……?」
「いや、ここまでのプレー見てるとさ、お前は何としてでもまだ現役にしがみつきたいんだろうなって感じるんだよ。だけど……」
仲村がスタンドの観客、否、その一角にスピードガンやビデオカメラを構える集団を見上げる。あの集団は、このトライアウトに出る選手を見定めているスカウト陣と見てまず間違いないだろう。
「だけど拾って貰えるかなんて、どうせトライアウトの結果なんてあんまり関係無いみたいだしさ。でもさ、最後の打席で自分の形で打てなかったとか、悔やんでも悔やみきれないんじゃないか?」
「最後……」
トライアウト前に合否はほぼ決まっている、というのはよく言われる事である。もちろんそれでも僅かな可能性に懸けて参加する者も居るだろうが、中にはもうほぼ確実に拾われることが無いことを分かっていてなお参加する者も居る。そういう選手は「現役生活を続けるため」というよりも、「選手生活を納得して終えるため」にトライアウトを受けるのだという。トライアウトは最後の可能性に懸けてあがく場所であると同時に、自分の選手人生を納得して終えるための「選手の墓場」でもあるのだ。
「最後にする気はないんだろうけど、それでもどうなるか分かんないだろ? もしこのまま終わったとして、後悔しないか?」
——このまま終わったら……
ここまでは5打席立ってヒットは1本。言われてみれば、何とか打ちたいと思うがあまり変に力んでバットを振っていた様な気もする。
野球、というかスポーツ全般に言えることかもしれないが、力というのは入れ方が大事で、力を入れれば入れるほどボールを遠くに飛ばせるだとか、強い打球が放てるだとかいうことは無い。むしろその逆で、要らないところに力が入っているとそれがかえって邪魔になってスイングスピードが落ちてしまったり、思い通りの軌道でバットを振れなくなって打ち損じてしまったりするものなのだ。
「バッターは、内山康太。元名古屋クインセス」
自分の名前がコールされた内山は我に返ったように顔を上げると、バットのグリップに滑り止めの松ヤニスプレーを吹きかけてからバッターボックスへと向かう。
「後悔しない様に、最後の打席を……、行って来ます!」
その言葉に、仲村は何も言わずただ深く頷いた。
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