6.トライアウト①
12月の頭、ほっとフィールド神戸のグラウンドには、50名近くの所属先未定の選手たちが集っていた。
「今年はカウント1ボール1ストライクから。投手は基本的に打者4人と勝負してもらうことになるんだけど、時間とか野手の人数とかの組み合わせによっては5人以上に投げてもらう人も出てくるかもしらん。で、守備なんだけど、キャッチャーは今回3人しか居ないから……」
今年のトライアウト担当球団である大阪マーチャンツのスタッフさんが、今回のトライアウトの進め方を説明してくれている。打席はカウント1ボール1ストライクから開始、1人6~7打席立たせてもらえるらしい。
——2、3本は打ちたいな。出来れば長打も欲しいけど……
実は、トライアウトでの結果は拾って貰えるかどうかにはほとんど影響しないと言われる。もちろんトライアウトでは各球団のスカウトが目を光らせている訳だが、彼らはそれ以前、つまり戦力外になる前から他球団の選手たちをチェックしているから、トライアウトが始まる前にそれぞれの選手の力は既に把握しているという。彼らからしてみれば先に目星を付けていた選手の最終確認という意味合いが大きいらしく、たとえトライアウトで全打席出塁したとしても、どこかに拾って貰えるとは限らないのだ。が、もちろん結果を残せばスカウトの目を引くことにはなるだろうし、もしかしたら入団テストなんかをやってもらえることもあるかもしれない。もうアピールする機会など無いのだから、ここで少しでも活躍して、少しでも良い印象をスカウト陣に見せておきたいところである。
「じゃあ、各自キャッチボールとか始めて下さい! 10時からトライアウト開始です!」
「「ウス!」」
スタッフさんからの説明が一通り終わると、選手たちがグラウンドに散らばっていく。
「内山、キャッチボールの相手居る?」
「いや。一緒にやろうぜ」
誘ってきた亀山と、最後になるかもしれないキャッチボールを始める。
——今までプレー出来ることが当たり前、だったんだけどなぁ……
ふと見上げた雲一つ無い空は透き通るように青く、冬だというのにぽかぽかと陽気を感じられるほどに太陽が辺りを照らしている。
今までは、選手として他のことを考えずにプレー出来る環境に居た。もちろん沢山の人に支えられていたからプレー出来ているのだと頭では理解していたつもりだったけれど、どうやらそれに慣れてしまっていつしかプレー出来ることが当たり前になってしまっていたらしい。こんな風にキャッチボールする機会なんて今まで数え切れないくらいあったというのに、今日はやたらと空が、グラウンドの芝が、白いボールが、綺麗に見えるのだ。
——やっぱ俺、まだ野球やりたいんだな……
もう、ここまで来たことに後悔は無い。やれることをやって、あがけるだけあがいてみよう。
今、内山康太の、運命のトライアウトが始まった——。
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