5.想い


「あの、内山さん」

「あれ、はまちゃん……?」


 今日はコンディショニングの為に亀山がグラウンドに来ないというから1人で何かやろうとグラウンドの隅でストレッチしていると、2つ年下のピッチャー、濱谷拓郎はまやたくろうが声を掛けてきた。


「内山さん、ちょっと打席に立ってもらえません? 今日、全体練習休みだからお願い出来る人居なくって……」

「え、でも……」


 最後の情け、ということでトライアウトまでは戦力外の選手もグラウンドを使って良いことになっている。が、あくまで「他の選手の邪魔にならない範囲で」許されているのであり、いくら全体練習が来季も残留する選手と共に何かする、というのはそれを逸脱している様に思える。


「濱ちゃんには伝わってないかもしんないけど、俺実は戦力外でさ。だからもう……」

「聞いてますよ、その事は。グラウンドも、チーム練習の邪魔にならない範囲でしか使えないってことも」


 浜谷はあっけらかんとした様子で続ける。


「でも今日は全体練習は休みですし」

「いや、それはそうなんだけど、来年も残るヤツと一緒にってのは……」

「何が問題なんですか?」

「いや、だから……」

「俺の練習に付き合って欲しい、っていう話なんだから、何も問題は無いでしょ? ちょっと内山さんの反応見ながら投げたくなっちゃったんで、打席に立って貰って投げたいんですよ」


 ——濱ちゃん、まさか……


 習得中の変化球があるとかでボールを捕って欲しい、というのならまだ分かる。しかし、シーズン終了直後のこの時期、打者の反応を見ながら調整したがるピッチャーなどまず居ない。


「濱ちゃん、もしかして俺のために……?」

「だからさっきから言ってるじゃないですか、内山さんに打席に立って貰いたいんだって。嫌なんですよ、こんな形で終わるの。内山さんにたくさん引っ張って貰って、今年ようやく初めて一軍で投げることも出来て、これから内山さんとも上でバッテリーを組めると思ってたのに、まさかこんなことになるなんて……。」


 ——濱ちゃん……


「だからせめて、これくらいさせて下さいよ。で、いつか対戦しましょうよ、上で……」


 濱谷はそう言うとくるりと背中を向けて、ボールや防球ネットなど共用の用具が置いてある方へと歩き出す。

 最後の一言が、おそらく濱谷の言いたい全てだろう。自分に付き合わせるフリをして、トライアウトに向けて練習相手を買って出てくれる、ということだ。マシンを使ってバッティング練習をすることも出来なくはないのだけれど、やはりピッチャーの投げる生きた球を打つというのはその何倍も練習になる。それが分かっているからこそ、きっと濱谷はシーズン終了直後のこの時期だというのにこんなことを申し出てくれたのだろう。


「何してるんすか、早く準備しましょうよ」


 どこか寂しそうにそう促す濱谷に、思わず内山はありがとう、と頭を下げた。


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