4.入る者と去る者


 ——ん、誰だあれ……、亀山か……?


 トライアウトに向けて練習するためにグラウンドを訪れた内山は、そこで普段着にするようなジャージを羽織って、でもスパイクの靴紐を弄っている同い年の内野手・亀山翔平かめやましょうへいの姿をグラウンドの隅に見つけた。


「お前もかよ、内山」

「え、まさか亀山も?」


 足音で気付いたらしい亀山は、内山も同じ様な格好をしていることに気付くと苦笑いしながら声を掛けてきた。


 この時期に練習場にチームとは関係無いパーカーを着て来る、ということがどういうことなのか、もはや説明する必要はあるまい。自分のことでいっぱいいっぱいになっていて自分の他に誰が戦力外通告を受けたのか、これまで全く確認していなかったから亀山も戦力外通告を受けていたことを知らなかった。


「あそこに居るのは今年のルーキーか? 俺たちも、何年か前はああだったんだろうけどなぁ」


 グラウンドのちょうど反対側の端にビブスを着た数人の集団が現れたのを見て、どこか懐かしがっているような、悲しがっているような口調で亀山が発した言葉に、内山は無言で頷く。彼らはきっと、これから新人合同自主トレに参加するルーキー達だろう。


 ——あいつらが、このチームのこれからを担う選手なんだよな。もう要らない、と言われた俺らに代わって……


「きっと、これからの野球人生に期待を膨らませている時期なんだろうな。俺は育成入団だったから、どっちかって言うと不安が大きかった様な気もするけど」

「そっか、亀山は移籍してくる前は育成枠だったんだっけか。俺は間違いなく、自分が活躍する未来を思い描いてたなぁ、今時期は」


 入念なストレッチをしながら、自分たちがまだルーキーとしてプロの門戸を叩いた頃の思い出話に花を咲かせる。自分達だって、あんな時代があったのだ。そしてその時も、間違いなく今の自分達と同じ立場に立たされていた人が居たはずなのだ。


 支配下選手登録枠は、1チーム70人までと決められている。毎年数名、外国人選手も含めれば十数名の選手が新しくチームに入ってくる訳だが、それだけの新入団選手が居るということは当然それと同じ位退団する選手もいるということでもある。言ってしまえば戦力外というのは「もうチームにあなたは要りません」ということであり、指名されるということは「あなたをチームに迎えたいです」ということである。早い話、内山や亀山は彼らに押し出されたということだ。


「あの中から、どれだけヤツが活躍出来るんだろうな」

「止めてくれよ亀山。虚しくなるだけだ」


 誰だって、この世界で活躍出来るだろうと見込まれてプロに入ってくる。誰だって、活躍してやるんだと覚悟を決めてプロの世界に足を踏み入れる。だが、プロというのはどれだけやる気があろうと、どれだけ努力したとしても結果を残せなければ去らなければならなくなる厳しい世界なのだ。


「あの中から1人でも多く、戦力になれるのが出てくることを祈るのみ、だ」


 自分達が戦力外となったことで空いた枠に入ることになる選手たちなのだ、せめて長くその枠を守って欲しい。そして——


「俺たちだって、やってやろうぜ。まずはトライアウトでアピールして、所属先を勝ち取ってやる……!」

「おう……!」


 これから先、茨の道を進まねばならないことは分かっている。それでも、ここで終わる訳にはいかないのだ。それでもここを突破してやるんだと、改めて強く誓った。


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