3.それで良いのか?


「球団にはもう伝えたのか、それ?」

「いや、それはまだなんですけど。先に伝えておこうかな、と思いまして……」


 もし良かったらメシでも行こうぜ、と球団事務所近くの定食屋に誘ってくれたのは、高校時代の恩師・竹田誠治たけだせいじである。母校でずっと監督をしている人物で、甲子園への出場経験は多くは無いものの人望が厚く、生徒のみならず卒業生や保護者からも慕われている存在である。内山が戦力外通告を受けたというニュースを見て、すぐに連絡してきてくれたのだった。


「ブルペンキャッチャーになって、その後どうすんだ? 球団職員として雇ってもらえんのか?」

「え? その後?」

「だって、流石に定年までってのは無理だろ? 俺ももう60近い訳だけど、まだ定年になる歳じゃねぇ。でも、腰は痛むわ膝は痛むわで、もう球受けるのしんどいんだわ」


 考えてもいなかった指摘に、思わず頭が真っ白になる。でも言われてみればその通りで、将来身体が衰えてきた時にもブルペンキャッチャーをやれるかといえばそれは厳しいだろう。中にはブルペンキャッチャーからコーチになる人も居るけれど、現役時代の実績が重視されることの多い日本においては、それもなかなか難しいだろう。


「まあ、まだそこまでは考えられてないか」

「そう、ですね……、地元の球団ですしここでずっと働かせてもらえるってのは正直ありがたいことだと思うんですけど……、でも……」


 本当にそれで良いのだろうか。年齢的にブルペンキャッチャーが厳しくなってきた時に球団に雇い続けてもらえたとしても、野球に携われるかどうかは分からない。広報とか事務方とか、もちろんそれらも大切な仕事だとは思うけれど、現場に関われなかったとしたらそこに自分が居る意味が無いのでは、とも思ってしまう。


「お前さ、指導者になる気とか無いの? なかなかそれを仕事にするってのは難しいかもしらんけど、野球に携わるって意味ならアマチュア、たとえば俺みたいに高校野球の指導者になるってのも選択肢としてはアリなんじゃねぇか」

「なるほど、アマチュア……」


「プロアマ規定」なるものをクリアするために講習を受ける必要はあるけれど、アマチュアの指導者になればずっと野球に関わることが出来る。アマチュアの指導者にはプロ野球の世界を経験した者はかなり稀で、「高校野球の名将」なんて呼ばれる指導者がプロ未経験なんてこともザラである。故に「元プロ野球選手」という肩書きがあるということはかなり有利にはたらくはずで、探せばきっと拾ってくれるチームもあるだろう。


 ——それもアリ、なのかもしれないなぁ……


「でもさ、お前はそれで良いのか?」

「?」


 ずいっ、と竹田は身を乗り出して、内山の顔を覗き込む。


「俺の思い込みだったら悪い。お前、本当はまだ引退なんてしたくないんじゃないのか? お前、本当に野球辞めちまって良いのか? それで納得出来るのか? ここで辞めて、お前はそれを後悔しないのか?」


 ——!


「そりゃ、チャンスがあるなら諦めたくはないですけど、でも実際問題……」

「あがいてみろよ。お前、まだやりたいって気持ちはあるんだろ?」


 将来への不安が無いなら、そりゃあやれるところまでやってみたい。まだ野球選手としてプレー出来るのならば、それ以上のことがある訳が無い。


「将来のこと? それを意識出来てるのは立派なことだと思うぞ。でも、それで後悔するお前を、俺は見たくねぇ。最悪どうしてもダメだったんなら、俺が何とかしてやるよ。幸い、社会人野球やってた頃のツテとか、卒業生たちとか、いくつかパイプは持ってるからな。ダメだったとしても、挑戦しないで後悔するくらいなら納得いくまで拘った方が良いんじゃねぇの?」


 ——……


「俺の思い違いだったら悪ぃ。ただ、お前の顔見てたら、全然納得出来てないんじゃないかって思えてな」


 ——……


「監督……」

「おう。今はもう、俺はお前の監督じゃねぇけどな。何だ?」


 内山は、少し唇を舐めてから、言葉の続きを絞り出す。


「もしもの時は、また頼っても良いですか?」

「おうよ、任せとけ。後悔しないように、お前がやりきったと思えるまでやりなさい」


 こみ上げてくる涙を堪えきれなくなった内山の肩を、竹田は何も言わず優しくぽんぽん、と叩いた。


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