2.出した答え


 ——俺、どうすれば……


 内山は1人、薄暗い部屋の中で考えを巡らせる。このまま現役に拘ったとしても、どこかの球団に拾って貰えるとは限らない。そして何処にも拾われなかった場合、いきなり無職になってしまうだけでなく、この先プロ野球に関わるなんてことはもう出来なくなるだろう。かと言ってブルペンキャッチャーの話を受ければ、ずっとプロ野球に関わることが出来る反面、もう二度と選手としてプレーすることは出来なくなる。


 ——夢を取るか、安定を取るか……


 球団だって職員が足りないなんてことは避けなければならないから、トライアウトが終わるまで考えさせてやる、なんてことはなかなか言えるものでは無かろう。まして、ブルペンキャッチャーを務められる人間は限られているとは言え、それでも代わりがいないという訳では無いのだから。


 ——今まで野球しかやってこなかった俺が、いきなり社会に出てやっていけるのかなぁ……? やっぱ今後の事を考えたら、この話を断るってのはもったいないとは思うけど……


 野球しかやってこなかったから、いわゆる「普通の」社会を全く知らない。25歳にもなった右も左も分からない高卒を雇ってくれるところなど、そう多くはないだろう。かと言ってトライアウトに受かったり、オファーを貰ったりして来期以降も現役選手としてプレー出来る可能性は限りなく低い。ブルペンキャッチャーの話を断ってまで夢を追いかけるというのは、あまりにも現実が見えていない無謀な掛け、と言っても良いのかもしれない。


 ——でもまさか、こんな急に辞めることになるなんてなぁ……。


 内山は特に理由も無く練習に行く時に使うリュックからミットを取り出すと、それを左手にはめる。ミットの手の甲の部分には、「#45 K.UCHIYAMA」の文字が刻まれている。背番号と名前が刻まれたこのデザインは、気に入ってプロ入りしてからずっと使い続けているものだ。2~3年ほどで新しいグラブに換えていて今はプロ入りから3個目のミットを使っているけれど、その全てにメーカー特注でこれをあしらって貰っている。


 ——あれ、どうして……


 そのミットの上に、ポツッと眼からの水滴が落ちた。


「うぅっ……」


 どうしてだろうか、もう二度とあの大観衆の前でプレーすることは無いのだと思うと、急にこみ上げてくるものを我慢出来なくなった。子どもの頃からずっと憧れてきたプロ野球の世界で過ごした7年間は、文字通り夢のような時間だった。


 気が付いた時にはもう涙が止めどなく溢れ、自分の意思ではもうどうにも出来なくなっていた。


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