第34話 DTの戯言

「私はね、人間関係ってのは思った以上に厳密なポイント制だと確信した。料理作ってあげたからプラス3、メールを二日かえさなかったからマイナス5みたいな、それの積み重ね。私には、彼を繋ぎとめるプラスの貯金がなくて、マイナスが触れちゃいけない線を下回るまでいっちゃったんだって」

「そんな単純なもんですかね」

 わかっている。そんな、単純なものだ。

 プラスよりマイナスが大きくなったら、嫌われる。マイナスが重なって、一定値に到達したら関係が切れる。実際、僕は先輩に対し「免許がマニュアルだからポイント高い」と思った。

 人の心の問題はそうじゃない、とは言えない。僕だってただ、先輩に対するプラスのポイントが積み重なって好きになったに過ぎないんだ。

 そうだ、それだけ。

「私はいろんなことを我慢させてた。セックスとかセックスとかセックスとか。セックスお預けは、マイナス……どれくらいなの、男子の意見としては?」

「換算できないくらい、ですかね」

 愛があれば肉体関係なんかいらない。

 ……とは、とても言えない。肉体関係がないということは愛情のポイント不足だ、と僕なら思ってしまうから。

 愛のないセックスは虚しいとよく嘆かれる。セックスのない愛はどうだろう。

 僕は、息苦しい、と思う。誰かに好かれようと話をするのは疲れるけど、セックスをしている間は、「お互い好き合っている」と無言で確認しあえる。

 本音はそうじゃなくても、「好きだからセックスをする。セックスをするからには好き合っている」という暗黙の了解が、互いを納得させる。

 無条件でプラスが増える瞬間。いぇい。

 ……以上、童貞の戯言。

「でも、どうしてしなかったんですか?」

「したかったよ。めっちゃしたかった、めっちゃたまってた!」

「たまってたって」

 あぁ、女の人でも「たまる」んだ。

「でも、ふつうは嫌だったから。絶対に」

「どういうことですか?」

「恋人になる。好きだからセックスをする。でも私達はそんな確かめ合いがなくても、心で繋がってるよね。ってしたかった。ふつうのカップルを見下してたんだよ。お前らはセックスがないと繋がってらんないだろって」

「肉体関係なしに、繋がってられるって証明したかった……ってことですか?」

「の、かもね」

 先輩は笑った。いつもと同じ人懐っこい笑顔に戻っていた。

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