第26話 浅い関係
「樹?」
鞘師が戸惑いの声をあげた。
僕は携帯を手に取る。
「おい、まさか?」
僕は先輩に電話をかけた。身投げする人は、こんな気分だろうかね。
鞘師もトラビスをぐっと僕に顔を近づけてくる。
彼女はすぐに出た。
『樹くん?』
「好きです」
「お、おぉー!」
鞘師が僕の背中をばんと叩く。
『……』
無言。先輩、凍りついてる?
「って、僕に言って下さい」
間に耐えきれず、僕は思わず付け足す。
「板山!」
「バカ、どこの男が女に告白仕向けんだよ!」
鞘師に頭をはたかれる。脳の芯まで痺れていて、何も感じない。
『ほえ?』
「それ録音して、目覚まし時計にして売るんで」僕は早口で言い訳がましくまくしたてる。
もう、違うって、僕。
『なにそれ』
「忘れて下さい」
『好きって言えばいいの?』
「……はい」
『すき』
「ありがとうございまーす。OKでーす」僕はテレビ局のディレクターのような口調で、自己完結的にまとめた。
『ね?』
「え?」
『告白するなら、もっと面白い告白にしてよ』
「ほあぁ」
僕は思わず電話を切った。
「切るなよ!」鞘師は僕の頭をさらに強く叩いた。
そうだ、切るなよ、なんで今切るんだ、僕。
あー熱い。耳も頭も脳みそも熱い。こんな野郎二人に応援されながら告白なんて。
中学生以下の、うすら寒い拙いじゃれあい。
愛の告白という、ごっこ遊び以下の、世界中で使い古された青春の一コマ。
あぁ、愛を忘れたはずの僕のシラケっぷりはどこへ。
なんて思いながら、僕はもう一度先輩に電話をかけようとしていた。
……気の利いた言葉も思いつかないまま。
僕は自分で自分のことがおかしくて仕方なかった。どうしようもなく恰好悪く、醜い自分が。
は、は、は、今日は人生最大の汚点だ。
「板山。早く行って来い! 電話なんかもういい!」
「ほら、ゴム、やるからさ。がんばってこいよ!」
鞘師は鞄や財布をごそごそと探るが、首を傾げるばかり。童貞のくせにコンドームを持ち歩いていたのだ、それもなんだかいじらしく思えなくもない。
それを見て、トラビスはとんでもないことを言い出す。
「昨日余った餃子の皮なら……」
「あるからなんなんだよ!」
思わず、僕は笑ってしまう。僕らにとって、セックスは永遠の憧れで、同時におもちゃだ。
僕、鞘師、トラビス。
浅い繋がりで、大学を卒業したら会うこともないだろう、それくらいの関係。
でも今は。この三人でいるのが、少しだけ悪くないと思ってしまう。
そうだ、少しだけ。
「とりあえず、それでいい」
僕は餃子の皮を握り締め、二人に背を向けた。
先輩にどんないきさつがあって、今、どんな想いなのか。わからないけど、行くしかない。
「指示、いるか?」
鞘師はイヤホンを指で弄んだ。僕は「うるせぇよ、童貞」と笑った。
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