第21話 俺は最高におかしくなっている

「先輩、なんか変だったな」

 鞘師は突如冷静なトーンになった。目で、その姿をしばらく追っていた。

 彼をじっと眺めていたトラビスは、「ん? そうか?」と興味なさそうに言った。

 さっきの先輩の「忘れ物」とやらは、嘘くさく聞こえた。

 だとしたら一人でどこに行ったんだろう?

「あの女のことはいい。それより今、俺は最高におかしくなっている」

 確かにトラビスはさっきからおかしい。

 でもそれは、僕がどうにかできるおかしさではない。トラビスの素だろう。

「なぁ、樹、変だったよな?」鞘師は整えすぎた薄い眉根を寄せる。

「どう、かな」

 歯切れの悪い答え。僕はどこかで、先輩と自分が特別な関係だと、主張しようとしてしまっているのかもしれない。

「電話切れた後、何話したんだよ! いや、何を……」

「別に何も」

「お前なぁ、そういういかにもイミシンって態度取るなよ」

「板山」トラビスが低い調子で遮り、僕を凝視する。

「ん?」

「やった、のか?」

 トラビスの重々しい言い方だと、「やった」が「殺った」とでもとれそうだ。

「あの短時間でか? こんのソーロー野郎ぉぉぉ!」

 鞘師が僕の首に手をかける。

「は、な、せよぉ! やってないんだよ!」

 さらに、首にぐっとトラビスに腕をかけられる。

「あんな淫乱女と二人きりでしてないはずないだろう」

「……とにかくしてない。ただ、密先輩は処女だって」

 僕が言うと空気が凍りつく。

「何の冗談だ?」とトラビスと鞘師は顔を見合わせる。

「密先輩が処女? んなわけねーだろ」

 言った後で、しまったと思った。

 彼女はそのことを隠していて、僕にだけ打ち明けてくれたのかもしれないから。

「樹?」

「そうだな。さっきそう言われたんだけど、あれもドッキリかも……しれない」

 おそらく違うだろうと思いながら、僕は言葉を濁した。

 なんでもドッキリだったらいい。

 今までのうまくいかないこと全部、ドッキリでした、とかさ。

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