第22話 イケてる大学生の一幕

「あーもう、なんなんだよ、さっきからこの空気。樹のせいだぞ! ドッキリで拗ねてるわけ? そういうの醒めるわ、マジで」

 鞘師の口ぶりに苛立ったが、その感情をぶつけることはなかった。僕だって、ただ楽しくやりたい。ただ、今は頭がごちゃごちゃして仕方ない。

「板山」とトラビス。「お前、あの女のことが好きなんだろう? だから、悩んでいるんだ」

「え?」鞘師は僕を見て素っ頓狂な声を上げる。「そうなのか?」

 僕が答えず黙りこむと、鞘師も深刻な顔をして無言になってしまった。

 余計なお世話だ、茶化してくれた方がいい。

 はぁ、もしかしなくても、心配されてる?

 この二人に?

 先輩と一度限りの関係ではなく、恋人になれるかもしれないという一抹の期待が僕をおかしくしている。

 そんな希望的観測なんか持ったら、うまくいかなかったときガッカリするのに。

「人の愛し方なんて、母親の腹の中に忘れて来ちまったよ。僕はただ、かわいい女の子とセックスできたらそれでいーもんな」

 おどける。クソ、声が震える。それでも気持ちに蓋をしようとした。

 あーもう、僕こういうの、無理だから。

 だいたい、先輩が僕を好きになる理由なんか、どこにある?

 彼女の態度から、セックスしていないそれなりの理由がありそうに見える。ましてや急に、僕がその相手に選ばれるはずもない。先輩は誰のものでもなくなったかわりに、僕も近づけない。

 そうそう。そんな感じだろう。脱力し、同時にひどく安心する着地点だ。

 鞘師は、僕と先輩が結ばれるのは面白くないけど、なんだかこっちを応援するムードになっていることに気付いたのか、複雑な表情をしているように見える。

「樹。マジで先輩のこと好きなんだろ。だったら、あんなことしなかったよ」

「ドッキリの償いのつもりか? いーよ、別に気にしてないって」僕は下手くそに笑った。

「なぁ、はっきり言えよ。そしたら、ちゃんと応援するって」

 鞘師まで、真剣なムードになってくる。空気に流されているんだろう。

 それでも。鞘師、お前は僕の何倍も善人だ。

 あぁ、いやだね。僕にはまず備わっていない、人の恋を応援するなんて不必要な機微が備わっているのかもしれない。

 真剣な気持ちは茶化しちゃいけないなんて、思っているのかもしれない。

 そんなのおめでたい話だ。応援しがいのあるやつとそうじゃないやつがいる。イケてる大学生に憧れて青春ごっこしたいなら、違う相手を選べよ。

 なんて、言えたらいいんだけど。思ってるだけで、いつも通り何も言わずため息をつく。

 僕は嫌なやつだ。

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