第9話  君がいない

 結夏が家を出て行って一週間。

 あれから学校にも一度も来ていないし連絡も取れない。


 結夏がいないだけでこんなにも憂鬱で寂しいとは思っていなかった。

 結夏と出会う前までは当たり前の生活だったのに。


『じゃあね!。今までありがとう』


 あの言葉はまた会えるような意味ではないのだろう。


 結夏も覚悟を決めたのだ。


 一年も親から逃げ続けついに。


 もう会えないのだろうか……。


「えーくん、また考え事してる。失恋?」

「僕は失恋をして悩んでいるわけではないし陽葵には言えない」

「ひーど~い!」


 流石に、陽葵には相談できない。

 だけど。


「なぁ。もしもお前に許嫁がいたとして、相手が40代のおじさん社長だったらどう思う?」

「絶対に嫌!死んでも嫌!だって親に決められるんだよ!好きでもない人と結婚するんだよ?!」

「だよな……」

「私は絶対好きな人と結ばれたいな」

「だよな!陽葵ありがとう、先生に僕が早退するって伝えておいてくれ!」

「え? なんで?」


 僕は校舎を出て祖父(加工食品を扱っている大企業の社長)に電話した。


「じいちゃん!桐花グループの社長と知り合いだったりしないか?」

「あ〜。あいつは昔からの腐れ縁で今でも週2くらいで呑みに行くぞぉ」


 しゅ、週2!?。


「だったら家とかわかるよな?」

「あぁ。わかるんだけどなあいつは話がわかるような奴じゃないぞ」

「それでもいい!」

「じゃあわしのタクシードライバーが迎えに行くから待っておれ」


 そう言われ少ししてからタクシーがきた。


「すみません。急ぎめでお願いします!」

「了解坊っちゃん。会社には内緒にしてね」


 ベテランドライバーのおっさんカッコいい……。


 それからあおり運転野郎とベテランドライバーのカーチェイスに巻き込まれながらも高級住宅街の中にある高層マンションの前でタクシーは止まった。


「着いたよ。お代は要らないから急ぎな」

「ありがとうございます」


 最後までカッコ良かったよ、おっさん。

 僕はタクシーから降りマンションへと走り出した。










 結夏の家があるらしい高層マンションの21階。

 高いところが苦手なせいか、安全とわかっていても足がすくむ。

 結夏の家の前まで来てインターホンを押して少し待つとドアが開いた。

 出てきたのは結夏の父親らしき男性。

 見た目は50代くらいで真面目そうな顔立ち、それと顔が怖い。

 とにかく怖い。


「…天野社長のお孫さんだね。来たまえ」


 そう言われ僕は男性に着いて行った。

 広い部屋に通されると大きなソファーがテーブルを挟んで一つずつありそこに座るように言われ腰をかける。

 しばらくすると目の前にコーヒーが用意され、男性は正面のソファーに座った。


「自己紹介がまだだったね、私は結夏の父の桐花徹夜きりはなてつやと言います。今日はどういったご用件で?」

「きょ、今日は結夏さんのことについて少しお話がありまして」

「きみ、結夏の許嫁いいなずけになってくれ」

「え?」


 今なんて言いました?僕と結夏が結婚?


「なんで僕なんですか!」

「君のおじいさんは有名大企業の社長だし、君も真面目そうだからかな」

「断ります」

「なんでかな、君はうちの結夏じゃダメなのかい?」

「結夏さんは美人で優しくて頭も良くて社交的で僕からしてもとても魅力的な女性です。でも結夏さんが好きでもないのに許嫁になるなんてできません」

「私は結夏が将来幸せに暮らすためを思って言っているんだ」

「結夏さんのためを思うなら好きな人と結婚させてあげてください、結夏さんの人生ですから」

「そーか、なら安心した」


 結夏の父親は微笑みながらそう答えた。




 それから2日が経た日のこと。

 今日も結夏は学校は来ず、連絡も取れなかった。

 ぼーとしながら無心に歩き家に着く。

 ガチャ…

 ん?、玄関が開いてる。


「おかえり栄汰…」

「た、ただいま」


 ドアを開けると目の前に結夏が立っていた。

 彼女は勢いよく僕の身体に飛びついてきて、


「ねぇ、栄汰泣いてるよ」

「結夏も泣いてんじゃんか」

「また一緒に暮らせるよね」

「もちろん」


 こうして僕たちの同際生活は再開することになった。








『僕は君を手放したりしない……』



















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