後受けの子 - 京

 4人で軽くお互いの事を話しながら、ざわざわとした食堂に着いた。教員や職員も合わせて20人以上は居るだろうか。

 つづみが勇んでカウンターに駆けていく。相当に空腹だったようで、大きな声で好物のオムライスを注文していた。遅れないよう、私たちも後ろに続く。


 「んー、つづみちゃんの声って、ほんと良く通るよねぇ。元気って感じ。」

 「はは…確かに、明るい感じがするよな。」


 皐月と納富さんは今日一日、京央からここまでずっと一緒だったそうで、随分と仲良くなっている。皐月はいつも、やる気無さそうに寝転がっている男だが、何か気にいった所があるのだろう。寮からここまでの間も、ずっと機嫌良さそうに納富さんに付いてきている。

 他の同期達も、この新しい花守を好意的に見ているが、正直、私はまだよく分からない。


 どうして後受けの子がこの春櫻樹に編入してきたのか?単純に疑問だった。聞いた話では、まだ祝福を受けて10日で、花雲の展開も出来ないという。花守としての能力では無く、別の所で評価されて入学したのだろう。しかし、手先が器用なくらいで、特別な才能などは無いと本人が話していた。


 何の理由もなく編入出来るほど、春櫻樹という学院は優しくない。おそらく、花園社はなぞのやしろには理由があるはずなのだけれど…。

 気にしても仕方ないとは思うものの、納得できないというのは気持ちをざわつかせる。そんな悶々とした気分でいるから、この穏やかそうな編入生に、なんとなく距離を取ってしまっていた。

 

 詮ないことを考えているうちに、順番が回ってきたのでおすすめを注文し、鴨蕎麦を受け取る。他の3人は、先に席に着いて私を待っていた。


 「待たせたわね、冷める前に食べましょう。」

 「あたしお腹ぺこぺこー!いただきます!」


 言うが早いか、つづみは早速付け合わせのサラダを頬張り始めた。品は無いが、嬉しそうに食べている姿は可愛らしい。


 「いただきます、今日は僕もお腹すいたー。」

 「皐月、また野菜取ってないのね。ちゃんと栄養取りなさいよ。」


 皐月のお盆の上には、カレーしか乗っていない。


 「んー。僕、葉っぱ好きじゃないんだよね。」

 「もう…」


 まぁ、言って聞くようなタイプではないので、私も食べ始めることにする。食堂の料理は、どれも美味しい。今日の鴨蕎麦も当たりだ。


 「いただきます。」


 私達のやりとりを見ていた納富さんも、遅れて料理に手をつけ始めた。今日は鯖の塩焼きだったA定食を見て、それもありだったな、とひっそり思う。


 4人で黙々と食べ進めていると、次第にあちこちから視線を感じ始めた。どうやら、離れた所から上期生達に見られているらしい。


 編入生自体は、3期生以降だとそれほど珍しくもない。ただ、1期生での編入は前例が無い。確かに気にはなると思うが、こちらが分かる程チラチラと視線を寄越されては、食事の妨げだった。何より、無礼さが頭にくる。


 「ねぇ、京ちゃん。もしかしてあたし達、すっごく見られてる?」

 「そうね、つづみ。ちょっと笑えないくらい、見られてるわね。正直、腹立つわ。」

 「う、すみません。俺、ですよね…。」


 納富さんも気付いていたようで、申し訳なさそうに肩をすくめている。


 「あなたが謝る事じゃないわよ、無礼な上期生達に問題があるわ。流石に目に余るし、一度注意を…」


 と、そこまで言ったところで突然、猛ダッシュでこちらへ向かってくる人影があった。


 「ねー!君だよな、今日から入った編入生って!!」


 彼女は、私達のいる席にぶつかりそうな勢いでやって来ると、大声で納富さんへ話しかけた。どこからその声量が出ているのかしら。


 「小田巻おだまき先輩…。私達、食事中ですよ。もう少しお静かになりませんか。」


 私が注意しても、2期生の小田巻先輩はにこっと笑ってまるで堪えていない。元々、猪突猛進というか、傍若無人というか、そういう所のある人だ。


 「おっと。ごめんね、みやまちゃん!しず、気になったから、編入生君のこと見に来たんだ!」

 「珍獣じゃ無いんですから、やめてあげてください。」

 「んー。そうですよー。それにこんなに注目されてたら、納富くんだって、ご飯食べ辛いじゃないですかー。」


 黙ってカレーを食べ続けていた皐月が、突然顔を上げて小田巻先輩の方を見た。どうやら、その向こうで遠巻きにしていた他の上期生達へ言っているらしい。普段はそんな事、気にもしないような男からの意外な発言に、私とつづみは目を丸くしてしまう。


 「いや、俺は大丈夫だよ、半田君。こっちこそ、一緒にいただけなのに、目立ってごめんな。」


 本当に、人柄は穏やかでいい人間なんだろう。困った顔で、皐月と小田巻先輩を見比べている。


 「えー!チラチラ見るより、話した方が早いじゃないか。おい!そっちの奴らも、気になるならこっち来なよ!」


 小田巻先輩は、すっと振り返りつつ、皐月が見ていた4期生グループのあたりへ声を投げた。まさか、自分達が声を掛けられるとは思っていなかったらしく、彼らはそそくさと席を立って、食器を片付けに行ってしまった。


 「んん?気になってたから見てたんだろうに…。他の奴らも来ないのかー?」


 大きな瞳を不思議そうに見開いて、を揺らしている。そんな声掛けをした後でこちらに来る人間など、少数派だろう。実際、他にも何組かのグループが足早に食堂を出て行った。まぁ、これで視線を気にする必要は無くなったか。


 「あの、おだまき先輩?ですよね?ありがとうございました。正直、見られながらの食事はしんどかったので。助かりました。」

 「ん?しずは、思った事言っただけだぞ?っていうか、あいつらなんで逃げてったんだ?話した方が早いのにな。」


 全く他意は無いのだろう、なははと笑って、小田巻先輩は納富さんの礼にそう答えた。


 「改めて、しずは、小田巻おだまき静澄しずみだ!2期生で風紀委員をしているぞ!編入生君はなんて言うだ?」

 「へ…あ、俺は納富紫恩です。よろしくお願いします、先輩。」

 「のうどみくんだな!これからよろしくな、しずで良ければ何でも聞いてくれ!そうだ、のうどみくんは何の花守なんだ?御印はその手か?両手だけなのか?腕まであるのか?後受けって本当?どうやって花守になったの?あとあと…」

 「え、あの、えっと…」

 「小田巻先輩!」


 「は〜い、静澄ちゃん、そこまで〜。」


 これは一旦止めようと思い、私が口を出し掛けたその時、背後からのんびりとした声が聞こえた。


 「あ、夢咲ゆめさき先輩、お疲れ様です。」

 「ふふ、はい。お疲れ様、深山さん。静澄ちゃん、だめよ〜。編入生君、困ってるでしょ?それにまだ夕飯食べ終わって無いみたいじゃない。」


 夢咲先輩は、暴走汽車のような小田巻先輩を唯一止められる2期生だ。いつもながら頼りになる。


 「でも、あまねー。しず、気になるぞ?色々聞きたい!」

 「あら、それはきっと明日でも出来るわよ。それよりも、静澄ちゃん。課題は終わってるのかしら〜?」

 「へ?あ、ま、まずい!まだ何にもしてないぞ!!のうどみくん、ごめんな!また今度お話しよう!」


 そう言うと、小田巻先輩は来た時より凄い勢いで帰って行った。あの人は本当に風紀委員でいいのかしら…。


 「夢咲先輩、助かりました〜。あたし達じゃちょっと、小田巻先輩止めるの難しかったかも。」

 「ふふ、いいのよ獅子岡さん。編入生君、本当にごめんなさいね。静澄ちゃんも、悪い子じゃ無いんだけれど…。ちょっと周りが見えて無いのよね〜。」

 「えー、ちょっとかなぁ。」

 「半田君…」

 「こら、皐月!すみません。多分、小田巻先輩も食堂の雰囲気が悪くて、動いてくれたんだと思います。大丈夫ですよ。」


 皐月が失礼な事を言うので、慌てて取り繕う。この男は食事を邪魔されたのが嫌だったらしい。


 「まぁ。静澄ちゃんの事、褒めてもらえて嬉しいわ〜。それじゃあ、私も行くわね。おやすみなさい。」

 「あ、ゆめさき先輩、助かりました。ありがとうございました!」


 私達の席を離れる夢咲先輩へ、納富君は頭を下げて声を掛けた。先輩はにこやかに手を振って去っていく。


 その様子を見つつ、改めて真面目なんだな、と納富さんを評価する。個人的には好ましい資質であり、先程までのやり取りでも、私の苦手な粗暴な感じはしなかった。


 というより。夢咲先輩は別として、上期生達の方が余程無礼で遠慮が無かった。どのような経緯で学院に入っていたとしても、ああいう人達よりは余程良い人間だろう。


 「はぁ…災難だったわね。とりあえず、残りを食べましょうか。」

 「そうだねー。あ、あたし食べ終わってるし、デザート貰ってくる!みんなの分も取ってくるね!」


 こちらが何か言う前に、つづみはカウンターへ向かってしまう。


 「深山さん、ありがとう。小田巻先輩のこと止めようとしてくれて。」


 ふと、納富さんから礼を言われた。食堂に入って来た時の気分も、すっかり晴れていたので素直に受け取る。


 「いいのよ、それに私の言葉じゃ、どうせ止められない人だし。小田巻先輩関係で困ったら、大声で夢咲先輩を呼ぶといいわ。だいたい近くにいるから。」

 「えぇ…そうなのか…。でも本当、助かったよ。俺も珍獣扱いは、流石にちょっと堪えるから。深山さんが言ってくれて嬉しかった。」


 なんというか、素直なのだろう。なんだか痒くなるような事を言ってくれる。ただ、悪い気はしなかった。


 「京でいいわ、同期なんだし。これから5年も一緒にいるんだから、肩肘張らずにいきましょう。」

 「そう、だな。俺も紫恩でいいよ。改めてよろしく。あ、半田君も、名前で呼んだ方がいいか?」

 「おー!そうしよう、僕もそれがいい!」


 そうして、その後戻ってきたつづみも輪に加わり、全員が名前で呼び合うようになって寮へと戻った。どうして紫恩が学院に入れたのか。気にならなくなった訳じゃ無いが、その理由が悪いものだとは思えない程度に、彼が善人だと知った夜だった。

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