編入生-つづみ
研究会の活動が終わって、あたしが寮に帰り着いたのは、6時前だった。今日は編入生が来る日だから、早めに帰りたかったんだけど、先輩達に捕まって時間ギリギリになってしまった。慌てて玄関に入ると、談話室にみんな集まっていて、吉国先生も来ていた。
「遅いぞー、獅子岡!」
「ごめんなさーい!!研究会で遅れました!」
待っていたみんなに、手を合わせて頭を下げつつ輪に加わる。先生の隣には、黒の学ランを着た男子がいて、彼が編入生なんだと思う。あれ、でも一人足りないような…。
「先生ぇー、ケシくんと旭くんいないみたいやけど…二人も遅刻ですか?」
「いや、八重森は一回来たんだが、東を呼びにさっき部屋に行ってもらったんだ。もう来ると思うんだが…」
先生が言い終わる前に、北階段の方でバタンバタンと物凄く大きな音がした。みんな「おわっ」とか「ひっ」とか言っているけど、多分ケシくんだ。
「ごめ〜んね〜!おまたせ〜?」
「栄一!!大丈夫?!」
振り向くと、やっぱりケシくんが、階段下で寝っ転がって頬杖を付いていた。いつもの不思議なイントネーションで、のんびりと言っているけど、顔はものすごく笑顔だ。階段から落ちたのに、なんで平気なんだろ…。
旭くんが急いで階段を降りてきて、困りきった顔でケシ君を引き起こしている。よく見ると、二人の短ランは、所々に眩しいオレンジ色の花雲が付いていて汚れてる。部屋で花雲の研究をしていたのかもしれない。
「東ぁ、お前…お前またかよ…。」
先生はケシくんの格好を見て、手で顔を覆ってしまった。
確かに、まだ5月なのに、ケシくんの制服が花雲でめちゃめちゃな色になっているのは、入学してから3回目だ。多分部屋も、めちゃくちゃになってるんだろう。
「今回は、ちょっともう、許さんからな。あと八重森、お前も一緒になって食らってるんじゃねぇよ。防げただろ、それ。」
「すみません、先生。扉を開けたらやられまして…。油断しました。」
「えへへ〜、今日のケシくんスペシャル、すごかったでしょ〜!」
旭くんはかなりショックだったみたいで、泣き笑いのような顔になっている。また巻き込まれてて本当にかわいそう。逆にケシくんは得意気で、怒られている人の態度じゃない。先生は額から手を移すと、すっごく大きなため息を吐いて、がっくり項垂れた。
「はぁ…、もう、とりあえずいいわ。後で二人で汚した所の掃除と、東は反省文な。はよこっち来い、編入生の紹介するぞ。」
「はぁ〜い!」
「はい、分かりました…。」
全く堪えてないケシくんと、すっかり落ち込んでしまった旭くんがこちらへ近づいてきて、今日の本題が始まった。
「昨日連絡したように、今日から編入生の
さっきから、何故か顔を壁に向けていた彼が、名前を呼ばれて勢いよく先生へ振り返った。
「あの、先生、彼の格好は…アレでいいんですか?何か羽織った方がいいんじゃ…」
「ん?あぁ、東は汚れてるの意外アレで普通だ。下着の中身まで見えてる訳じゃねぇし、教員でも検討したんだが…あの位置の御印を出すにはアレが一番いいらしいぞ。俺はもう慣れた、気にするな。」
なるほど、胴から下の右半身が全露出してる、ケシくんの格好が気になったみたいだ。右側を切り取ったような改造スラックスに、何にも覆われてない胴回り。その上も胸だけギリ隠れてるインナーボレロと短ランで、すっごく前衛的な着こなしだものね。
「ケシくんの事は〜、気にしな〜いでね〜!」
「ほれ、本人もああ言ってるから。」
「あぁ、はい、分かりました。」
全然分かった顔じゃないのが、ちょっと笑えてしまった。
「改めて、俺の名前は納富紫恩です。レンゲソウの花守で、御印は両手です。えーっと、10日前に祝福を受けたばかりで、まだ何にも分かりませんが、よろしくお願いします。」
緊張で硬くなっているけど、真面目そうないい人に見える。あたしは友達になれそうなタイプだなぁ。ふと横を見ると、
「よし、じゃあ次はお前達からも自己紹介だ。深山から順番に、簡単でいいからな。」
「分かりました。」
京ちゃんが一歩歩み出て、順番に自己紹介が始まった。
「私は
京ちゃんの声は普段より少し硬い。切長の瞳がちょっと細められているのは、こう言う場があんまり好きではないからかもしれない。
京ちゃんが一歩下がると、隣にいた陽光くんが、ぽりぽりと顔をかきながら進み出た。
「自分は
陽光くんが軽く首を振ると、耳元で極彩色がちらちらと揺れた。今日のピアスは片耳だけ大きな羽飾りで、彼の明るい茶髪によく似合っていると思う。
「あ、と、
乙女ちゃんは前に進み出ることなく、その場で短く伝えると完全に俯いてしまった。乙女ちゃんにはこれで限界なんだと思う。どうやら、納富くんも特に気を悪くしたりはしてないようだ。
「んーと、僕はもう知ってるよねー。改めて、
皐月くんは今日の放課後から、納富くんと一緒にいたみたい。もう仲良くなってる感じがして、ちょっと羨ましい。
「私は
花雲でドロドロに汚しているが、穏やかに微笑む旭くん。普段は頼れるけど、今日みたいなケシくん絡みの時は、とってもポンコツになるからちょっと心配だ。それさえなければなぁ、と思っていると、ケシくんまで順番が回ってきた。
「はいは〜い、
「う…、の、納富紫恩です。」
「そっか!シオン君ね!!」
大きな目が見開かれた満面の笑みで顔を寄せられて、納富くんが固まってしまった。でも、ちゃんと名前を訂正出来てるからすごい。あたしは未だに「タンポポちゃん」だ。
そんなことを考えつつ、最後にあたしの番になった。
「あたしが最後やね!あたし、
あたしの自己紹介まで終わると、すぐに先生が注目の号令をかけた。
「よし。1期生はこれから8名になる。全員で研鑽を積み、花の為、人の為になる花守を目指して切磋琢磨してほしい。まぁ、差し当たって明日は午前の単元授業は全員で、午後は納富だけ教室に残っていてくれ。他は全員【体力作り】と花雲の展開実習だな。『鳥』でやるから、間違えるなよ。」
「「「はい」」」
「よっし解散。飯しっかり食ってこいよー!東と八重森はこっちで一回説教な。」
先生に言われて、かなりお腹が空いていることに気づいた。これは急いでご飯を食べないと、お腹が鳴って恥ずかしいやつだ。
「ね、ね!みんなで食堂行こうよー!あたし、納富くんともっとお話ししたい!」
「あー、悪い獅子岡。自分、今日は購買で飯買ってきたんだわ。」
「あ、わたしも、か、買ってきちゃった。ごめんね、つつ、つづみちゃん…」
いい機会だからみんなで食事したかったけど、そういうことなら仕方ない。
「たははー、おけおけ!京ちゃんと皐月くんは?」
「そうね、私は食堂で食べるつもりよ。」
「んー、僕も食堂に行くよー。」
よし、あとは納富君を誘って食堂に行くだけ、と思っていると、皐月君が先生の近くで、明日の動きについて質問をしていた納富君の所へ寄っていき、そのまま右手を掴んで連れてきてしまった。
「皐月!あなた、納富さんはまだ先生と話していたじゃない、邪魔しちゃだめよ。」
京ちゃんが鋭く注意しているが、その通りだ。あたしもちょっとびっくりした。
「え~、皐月君そういう感じなの?懐いちゃった?でも急に連れてきたら先生に失礼だよ。」
「んー…分かんない。でも一緒にご飯食べようと思って。あと先生も行って来いってさ」
本人はまったく悪いと思っていないみたいだ。皐月君、こういうところあるもんなぁ。連れてこられた納富君も苦笑いしている。
「あはは…まぁ、大体の話は終わってたから、大丈夫だよ。」
「それなら、まぁ、いいのかな?」
既にあたしの頭の半分くらいは、今日の夕飯のことで埋まっている。とりあえず食堂に行こう。
「いや、良くはないわよ…」
「んー…京、怒るともっとお腹すくと思うよ。」
これ以上留まっていると、絶対に長引く。あたしは京ちゃんの手を取って、玄関へ向かう。
「そうそう!まずは食堂行かなくちゃ!!」
「…つづみ、あなたもう頭回ってないわね。」
「うん!」
あたしの返答に、京ちゃんは大きめのため息をつくと、呆れた顔でついてきてくれた。それを見て嬉しくなる。
花雲で足を包み、上り口へ降りる直前に靴の形を作って纏う。花道具の靴のかかとを鳴らして振り返ると、納富君がびっくりした顔をしているのが見えた。
久しぶりに、あたしの特技を見て驚いた人の顔が見れて、気分が更に良くなった。食堂につくまでに、ちょっとだけ教えてあげよう。そう思いつつ、あたしは石畳に歩み出した。
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