納富紫恩.3

 穏やかな風が吹き抜けて行く道を、紅桃色の髪と焦茶の髪が並んで進んでいく。周囲には春の花が、様々な色で咲き乱れている。


 「まあ、立派な花守と言われても、俺にはまだ想像も付かないんだけども…。祝福を受けたからには、ちゃんと花の為になる事やらなきゃなー、とは思ってるよ。」


 爽やかなピンク色の人差し指で頬を掻きつつ、紫恩が声を漏らす。


 「ねぇー、そういえば納富くんって、どうやって花守になったの?後受けの人って知り合いにいないから、よく分からないんだよね。」


 唐突に皐月が紫恩へ尋ねた。


 「うーん。俺は、花冠作ったら祝福をもらったんだよ。」


 「へ?」


 見上げた瞳を少し見開いて、皐月が間の抜けた声を上げる。


 「俺、4歳になる妹がいるんだけどさ。妹にレンゲソウで花冠を作ってたんだ。小さい頃から手先は器用だったから、そういうの得意で。」


 紫恩はその時を思い出したのか、苦笑しつつ自分の手を見る。


 「久しぶりに作ってみたら、自分でもなかなか良い出来になったんだけどさ。妹にあげようと思ったら、花に取られちゃったんだよなぁ。祝福をあげるからこれをくれ、って。」


 その両手は、全体が爪側に行くほど濃くピンク色になり、手首にかけて白になるグラデーション。レンゲソウの花と同じ色合いをしていた。祝福を受けた人間の身体に現れる、花の色。御印みしるしである。


 「えぇー…。そんなの初めて聞いたよ。本当に花冠だけ?」


 皐月は思わず立ち止まり、紫恩の目を覗き込む。


 「あはは、花園社の偉い人にも言われたよ。そんな理由で!!ってさ。」


 通常、後受けの祝福は、″危機に瀕した花を人が救う″などの特殊な条件下で、花が謝礼として与えるものとされている。紫恩が言うきっかけは、子供でも知っている常識とは違う話だった。


 「うーん、凄い事な気がするんだけど…」

 「まぁよく分からないけど、もらっちゃった物は仕方ないし。」


 困ったような表情だが、紫恩の言葉は明るい。


 「花守になるなんて、考えた事もなかったけど…。家族からも頑張れって言われたし、俺に出来る事を探してみるよ。」



 春の暖かい風が通り抜けていく。ふわりと香る空気の匂いは、花の穏やかな甘さを含んでいた。


 「そっかぁ。僕は生まれた時から花守だったけど、あんまり深く考えたことないかも。どうなりたい、とか。」


 皐月の髪がさらさらと揺れる。紅桃色のそれは、皐月が花守である事を示す御印みしるしであった。


 「僕の髪、御印になっててピンク色でしょ。すっごく分かりやすいから、小さい時から花守なんて凄いね、特別だねって言われてて。」


 髪に指を通しながら、皐月はぼんやりと呟く。


 「でも、特別ってよく分からなかったから。いっつもちょっと困ってたんだ。」


 視線は目の前を向いているが、その目の色には感傷が見える。


 「出来ること探しって、いいね。僕もそうしようかな。」

 「え?」

 「春櫻樹での目標だよー。紫恩くんの話聞いてて、なんとなくそう思ったんだ。僕は適正試験でここに振り分けられたから、来てみただけだしね。」


 紫恩に視線を合わせた皐月の顔は、ゆるりと微笑みを浮かべていた。


 「あー、止まっちゃってごめんね。建物の方行こっか。」


 つい、と視線を道の先へやり、皐月が申し訳なさそうに頭を掻いた。


 「う、うん。俺も、自分語りになっちゃってごめんな。」


 再び、石畳の道を二人が歩き始める。道の両脇は遠くに見える塀のあたりまで、よく手入れされた花の庭園になっている。所々に蔦草のアーチや石灯籠のような物もあり、統一感を失わない程度に、和洋折衷の凝った作りになっている。


 「こ、ここって珍しい作りの庭園だよな。花も木もいっぱい植えてあるけど整ってるっていうか。それにほとんどの花が咲いてるよな?」

 「うーんと、庭師の人も花守でね。花を咲いたままにする陣?を使ってるんだって。咲いた花がたくさんあると、花雲の力も強くなるらしいから。学院の生徒に力を貸してくれる庭になってるんだよ。」


 歩きつつ、知っている事を思い出すように、時折首を傾げながら皐月が答える。


 「そんな事も出来るのか…。なんていうか、本当に何でもありなんだな。」

 「えーっとね、人に寄って違うらしいよ。色々出来る人とか、1つだけ飛び抜けて出来る人とかさ。」

 「才能って事なのかな…」



 そうやって話しながら歩みを進めると、学舎に近付いてきた。庭園が終わり、石畳から真っ白な玉砂利が敷かれた土の地面になる。


 「近くで見ると、何というか。タイムスリップでもしたみたいだな、この建物…。」


 二人は、歩きながら見えていた建物の階段に近付いていく。紫恩の肩くらいの高さに床が貼られた、高床の建物である。いくつもの回廊が、奥にある他の建物と繋がっていて、神社建築に近い雰囲気だ。


 「あー、確か、寝殿造り?を真似したんだっけ。出来るだけ金属を使わないように、こういう作りになったらしいよ。」


 そう言いつつ、皐月は階段下の大きな敷石で革靴を脱ぎ、段差へ足をかける。すると、革靴の下で淡く『陣』が発光した。光は四枚花弁の花を形作り、皐月の革靴を花弁で包み混んでいく。


 「うっわ、まだ慣れないな…。」


 紫恩が驚きに小さく声を上げ、恥ずかしそうに苦笑する。


 「あーっと、ごめんね。この敷石、『陣』があって。ここで靴を脱ぐとね。」


 光の花と、その下にあった、円の中に文字の様な物が描かれた『陣』が消える。光が完全に無くなったそこには、5cm四方の薄い木の板があった。


 「これはもう、なんていうか…。」

 「うーん、大丈夫?顔色悪いけど。」

 「大丈夫だよ、下にあった転移装置ピンクの社程じゃないから。」


 段々耐性が付いてきたのかもしれない、と思いつつ紫恩は皐月の説明を聞く。


 「えーっと、確か、この敷石の上に乗せた無機物を、木の板の中に閉じ込める『陣』だったと思うよ。荷物をこれに乗っけて、運びやすくしたりするの。」

 「…その板に閉じ込められた物って、どうやって出すんだ?」

 「これはねー、割ると出てくるよー。ほら、こんな感じで。」


 皐月が薄板を両手で持ち、グッと親指に力を入れると、板はパキンと小気味いい音を立てて割れた。すると、割れた間の空間からぼとぼとと革靴が落ちてくる。

 それを見た紫恩は、息を大きく吸い込むと天を仰いだ。


 「あぁー…。まずは常識を捨てるところから、かな…」


 小さく呟いた声は、再び敷石で靴を軽量化している皐月には、聞こえていなかった。

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