逃走の果てに

 今朝、テレビを見ていたら、半世紀近くを逃げ通し、人生の終わりに、


「死ぬときくらいは本名で死にたかった」


 そう言っていた容疑者らしき男性が亡くなった、とのニュースが流れました。


 そんなにギリギリまでがんばってたのかと、正直驚きました。だってテレビのニュースで取り上げられたのって、ほんの数日前ですよ。本当の最後になってやっと、本当のことが言えたんですね。


 この「死ぬときくらいは本名で死にたかった」という言葉で、今朝のテレビのコメンテーターの人はこう言ってました。


「最後まで自分のことしか考えていない、反省のかけらも見えない」


 言葉って、その発した時の表情や状況でもかなり印象が違うから、本当のところは分かりません。でも確かにそうとも取れないこともないのかな。

 

 私は逆で、きっとこの半世紀、色々と悔やんだり反省したりした結果の言葉な気がしていただけに、なるほど、そういう受け止め方もあるのかと思ったんです。


 この事件、まだ時効が成立していません。一部の容疑者が海外逃亡をしていて、そこで事件そのものが時効停止の扱いになっているのだそうです。

 そして捕まった仲間の中には、裁判を受けて十数年の懲役を終え、社会復帰と言っていいのかどうか分かりませんが、日常生活に戻っている者もいるのだとか。


 もしも亡くなった男性が本当に名乗った名前の人だったら、そういう仲間のことを知ってどう思っていたのかなと考えました。


 半世紀前と言えば、おそらくこんな活動がかなり活発だったころでしょう。「あさま山荘事件」や「よど号ハイジャック」などがあり、自分たちが革命を起こして世界を変える、そんな考えで他人を傷つけたり命を奪ったりした者も多かった。

 今から考えると信じられないような時代です。人の一生から見ると長い50年ですが、歴史上に置いてみるとたった半世紀前なんです。当時、こんな運動に身を投じた若者たちが、タイムマシンででも今の時代を見たらどう思うんでしょうね。


 そんな時代の移り変わりの中、自分の若い頃とは全然違う若者たちだけではなく、その頃同年代だった人たちが老年期に入っても、当時の60代70代とは違う、考えようによっては若くて元気な生活をしている。それを見ながらこの男性は本当の自分を隠して生きてきたわけですが、きつかったんじゃないかなと思います。

 見た目はごく普通で、仲間と楽しそうにやっていたと言うけど、それは本当の自分じゃない。もしも「革命の闘士」として生き抜けたら、それはそれで満足だったのかも知れないけど、人知れず埋没して、自分と同じ年数を生きてきた人が、家族と楽しそうに生活し、趣味だ、旅行だと生き生きと生きている。世界も社会も自分が望んだ形にはなってない。やりきれなかったんじゃないのかなあ。

 

 だからこそのあの言葉じゃなかったのかなと私は思いたい。少なくとも贖罪や反省の気持ちがなく、最後まで世間をうまく欺いてやったぜ、そう思っての言葉じゃないと思いたいものです。

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