技術と気迫
先日、病院へ行く途中、車の中から見た人の話です。
病院へ行くのはちょうど朝の通勤通学ラッシュの頃で、大きな幹線道路を渡る時には、駅に向かう自転車がたくさん並んでいます。
そのうちの一人、まだ若い男性の着ているTシャツの背中にこんな文章が書いてありました。
「気迫は技術に勝る」
うーん、それはどうよ、と思わず物言い。
確かに気迫は大事だと思います。先日書いた怖い話の時に「幽霊って気合でどうにかなるんだ」と笑われましたが、まあ、そういうこともあるのかも知れません。
ですが、何かをやる時に技術と気迫、どちらが必要かと言われたら、それはやっぱりまず技術でしょう。コツコツと積み重ねた技術があった上で、気迫が必要となるんです。何も技術がない者が「気迫だ!」で何かをやったとしても、到底できるものではありません。
拙作の話で恐縮ですが、短編集「百物語」の中の一編の、
「答えは出ている」
で職人の話を書きました。
まだ若い職人が、大きな仕事を前に気後れをして先人に相談します。
正直、あまり自信がないので「おまえには無理だ」と言われること半分覚悟というか期待しつつ相談したところ、思いがけない返事が返ってくるのです。
『どこに断る理由がある』
主人公が驚くと、さらに続けてこう言われます。
『なんでもやってみないとできるかできんか分からんだろう。そしてな、終わったその時には、それはもうできることになっとる』
これ、創作ですが創作ではないんです。私の友人、ちょこちょことネタを提供してくれるL氏がある職人で、本当に大先輩にそう言われたのだとか。あまりにいい話だったので使わせてもらいました。
ですが、このやってみるようにという言葉も、その職人が努力をして技術を磨いているからです。全くの素人が「どうしよう」と相談しても、一笑に付されて終わりです。
そう、気迫はそれだけの日々の努力、そして身につけた技術があってこそ生きるのです。
ビギナーズラックという言葉もありますが、そんなの宝くじで当たるのと同じぐらいの確率でしょう。
なので、そのシャツを着ている男性の背中に向かって、
「いやいや、それは違うと思うで」
と、思わずつぶやきながら、信号が変わって走り出した後ろ姿を見送りました。
なんとなくですが、最近、そういう考えの人が多くなったように思います。恐らく、動画サイトやSNSなんかで、ふと投稿したりつぶやいた言葉が「バズって」一気に有名になったりすることがあるからかも知れない。
それも確かにあることですが、やっぱり何かは「気迫」を活かせる「技術」を身につけておいた方がいいと思うなあ。
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