第3話 天下を取る
ほかに選択肢がなかったのだから、仕方がない。とはいえ、女の子にこの仕打ちはあんまりじゃないか。春は今、麻袋に詰められ荷車の上に転がされている。というのも、この時代にそぐわない恰好をした謎の女が殿の一行に急に紛れ込めば大事になるだろう、ということである。ばれないように荷物に紛れさせよう!と、あれよあれよという間に袋をかぶせられ荷車に乗せられた。息が苦しくないようにと穴をあけてもらっているけれども、埃臭いし、荷台は固い。しかし荷物がうかつに動けば怪しまれてしまうため、体勢を変えることもできない。結構な振動で、車輪が石に乗り上げるたびに頭を打っている。痛い。
「(それにしてもあのひと、お殿様だったのか…)」
あれから、青年と言葉を交わし、彼の名前が「三郎」というらしいということはわかった。年齢は春よりも3つほど年上。さきほどまでいた城は彼のお父さんのお城で、最近新しくでいきたばかりで、お父さんたちが引っ越しが完了したので挨拶に来たということらしかった。挨拶も終わり、今日これから自分の城に帰るところだというので、荷物に紛れて移動している最中だ。三郎さんのお城にはいつになったら着くんだろう。たどり着くまでに怪我をしませんように…。
そうして祈っている間に眠ってしまっていたらしい。ぺしぺしと頬に刺激を感じて目を開けると、目の前には三郎さんの顔面のドアップが広がっていた。
「うわあああぁあぁぁ!?ち、近っ!!」
「ふははは!元気そうで何よりだ!ぐーすか寝やがって全く起きねェからどうかしちまったかと思ったぜ!」
全力でのけぞるわたしを見て三郎さんはけらけらと楽しそうに笑った。そして、三郎さんの隣にもう一人男の人がいることに気づいた。
「はじめまして。池田恒興と申します。あなたのことは殿より聞いております。」
わたしの視線に気が付いたらしい男性は自己紹介をしてくれた。三郎さんとはえらい違いだな…?そして、わたしについての説明はすでに終わっているらしい、なんと、話が早い。
「は、はじめまして。池田春です、よろしくおねがいします。」
「これも何かの縁だからなァ。春は恒興の親父さんの隠し子で、最近見つかった恒興の兄弟だってことにして城におこうかとおもってる。」
「ただ、あなたの気持ちを聞いておこうかと思いまして。」
「わたしの、きもち…」
いまいち話をわかっていなさそうにしているわたしに恒興さんは優しく説明してくれた。曰く、お殿様の側近である恒興さんの家ならばわたし一人が増えても一応養えるということ。事情を知らない人に捕まれば、未来から来た(仮)のあやしい人物(わたし)は切り捨てられる可能性が高いということ。
ただし、わたしがこの世界でなるべく平和に生きていきたいということであれば、どこか村の人に預けたほうが戦に関係なく少しは安全に暮らせるかもしれない、ということ。(なんでも万が一、三郎さんたちの軍が戦に負ければ、家臣の兄弟ということでわたしも殺されるかもしれない、らしい。)どの選択肢を選んでも殺されるかもしれない可能性から逃げられる気がしない。もうなんなの、戦国時代怖い。
「わたしは、元の時代に、帰りたい、です…。」
「だがお前、一体どうやったら帰れるのかはわかってんのか?」
「それは…。」
口ごもってしまう。そもそもどうやってこの時代に来てしまったのかすらわからない。気が付いたら飛ばされていたのだ。神隠しだろう、と言っても肝心の神社は見当たらなかった。そんな調子で帰ることなんて、できるのだろうか。
「春さんが、もともといた神社に祭られていた神様はなんというものかわかりますか?」
恒興の問いに、春はふるふると首を横にふる。春は神社の雰囲気がすきだっただけなのだ、どんな神様が祭られていたのかなんて、気にしたことすらなかった。
「もし、その神社の神様が春さんを飛ばしたという我々の仮説が当たっているのであれば、その神様に会えれば、元の時代に帰してもらえるようお願いできるかもしれませんねえ」
思案するように顎をさする恒興は、そのままこう続けた。
「しかし、その神様がこの時代でどこに祭られているのかがわからないので、あてもなく全国の神社を探さなければなりません。織田家の領内にあるかもわかりませんからね。」
「あてもなく、全国…」
なんて、途方もない話だろうか。本当に元の時代に帰ることができるのか。帰る前に殺されてしまいそうだ。全国を旅して探さないといけないのであれば、三郎さんたちに頼ることもできない。これから、どうやって生きていけばよいのだろう。しかし春の絶望を横目に、三郎はあっけらかんとした顔で言った。
「そうであればなおさら、春は恒興の兄弟ということにして城に置いておくのがいいだろうな。」
「どうして、」
「俺は天下を取る。そうすりゃァ、日の本は全国俺の領地だ。そうであれば、全国どこの神社を探しに行ったって春が殺されることはあるめェよ。」
はっはっはっと豪快に笑うその人のセリフに開いた口がふさがらない。何を言っているんだこの人は。天下を取るなんて、そんな簡単なことじゃないだろう。いろいろ言いたかったが、彼の笑顔を見たらなんだか不安な気持ちがゆるやかに溶けて消えていくような、そんな感じがしたのだ。
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