第2話 起床
少女が目を覚ましたのは、それから十分も経たぬ頃だった。ふるふるとまつげを震わせ、瞼を上げた少女の視界に映ったのは、見覚えのない、おそらく春より少し年上の青年だった。
地面に横たわっている春の傍らに腰を下ろして、春の寝顔を見ながら目を開けるのを今か今かと待ち構えていたらしい。
「ようやく起きたか。怪我はねェか。」
「だ、いじょうぶだと、おもいます。」
青年にならって体を起こし、座った状態のままで己の身体を確認するが、特に気になるところはない。しかし、どうして気を失っていたんだろう。階段から足を滑らせて頭でも打ったのだろうか。頭部をひとしきり触れて確認してみるが特にこぶになってそうなところもなさそうだ。身体チェックを済ませて青年に返事をした春に投げかけられた言葉は耳を疑うものだった。
「そりゃァよかった。で、てめぇは織田家当主織田信秀殿の城前に一体何の用だ?
どんな術を使って空から降ってきたってんだ?どっかの刺客か?」
織田家当主?城?術?空?しかく?
彼の言っていることが、春には一体何のことだかわからない。この人は一体何を言ってるんだろう。
「あ、あの、わたし、神社にいたんですけど、気が付いたら落ちてて、あの、目が覚めたらここで寝てて…、」
「神社?」
神社なんて、どこにあるってんだ。
青年の言葉に首をかしげ、あたりを見渡してみると先ほどまで目の前にあったはずの鳥居も、社もすべて見当たらない。代わりに確かにお城が、そこにはあった。どうして。
「こ、ここは、どこですか、?」
「末森城。織田信秀殿の居城だが。」
「すえもり、じょう?おだのぶひでどの、?」
春にはどちらも聞き覚えがなかった。織田信長なら知っているが、名前が違う。
そもそも織田信長だって戦国時代の人で、ずっとずっと昔に死んでいる人なのだ。そして春の目の前に城なんてなかった。これは一体どういうことか。自分は頭がおかしくなってしまったのだろうか。わからない、今自分の身に何が起こっているのかが全くわかっていない。しどろもどろになりながらえっと、あの、えっと、とうわ言のようにつぶやく春に青年は「ゆっくりでいい、話せ。」と背中をさすってくれた。
こうして青年に話を聞いてもらい、整理すると、春はどうやら神隠しに遭い、タイムスリップをしたのではないか、という仮説にたどり着いた。神社の神のいたずらだとでもいうのか。にわかには信じられないが、春が今いるこの地は確かに天保十七年の尾張国末森城の敷地内だった。
元の時代、元いた場所に帰りたいが、いつ帰れるのか、どうしたら帰ることができるのかが一切わからない。途方に暮れている春に青年は自分と共に来るように申し付けた。春は小さく頷き、青年の手をとった。ほかに知り合いもいない、戦国の世では生きていけない。彼についていく以外の選択肢がなかった。
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