第10話 野食

 あの後、頼成は「悪い話じゃないし、考えておいてよ」と朝光に告げて帰っていった。


「で、どうすんだ? 入んのか、レジスタンス」

「っと、言われても俺は何もわからないからな。この世界のことを……」

「そこからかよー」


 呆れたように一巴に言われるが、二日前に突如この世界線に来た朝光には仕方のないことだ。何もかもが朝光のいた世界線と違いすぎる。


「悪いけど、俺に色々と教えてくれないかな? 例えばこの世界の構図とか、東京がこんな有様になっている理由とか……。あと、ガーペだっけ? とかさ」


 調べる当ても聞く余裕もなくこのまま来てしまったが、いい加減無知のままという訳にはいかない。


「……別の世界線から来たから知らないって?」

「そう、その通り」


 胡散臭そうに見やる一巴に、頷き返す朝光。二人だけで繰り広げられる会話に甚内と伊三は首を傾げる。


「話が全く見えねーんだけど? 俺たちにもわかるように説明してくれ」


 会話に置いて行かれることにたまらず、甚内が横から口を挟む。伊三も甚内に同意するかのように何度も深く頷いている。


「って、言われても僕もこいつが無知のウソつきやろーってことしか……」

「いやいや、無知はともかくとして嘘はついてないよ。まあ、その辺も含めて俺の身の上を話させてもらうよ。じゃないと信じてくれそうにもないしね。その代わり、君たちもさっき言ったこと俺に教えてよ」

「いいよ!」

「バカ伊三! なんでも安請け合いすんなって! でもまあ、時間なら山ほどあるしな。暇つぶしがてら話してやるよ。わかる範囲でしか話せないけどそれでいいならだけど」

「それでかまわないさ」


 甚内の申し出に軽く頷いて答える。何もわからない朝光と比べるとこの世界線の住人である子供らの方が当然詳しいだろう。どんな内容だろうと、今の朝光には必要だった。


「んじゃ、早速……」


 居ずまいを正して、説明を始めようとした時盛大な音が鳴り響いた。一瞬何の音なのかわからず身構えた一巴たちだったが、向かいに座る朝光が少し恥ずかしそうに悪いとお腹を押さえながら謝ってきた。


「……今の俺だ」


 謎の怪音は何と朝光のお腹の鳴った音だった。三人共一瞬訳が分からずポカンと呆けていたが、誰か一人がプッとっと噴き出したのをきっかけに釣られるように残りの二人もゲラゲラと笑い出した。


「そんなに笑うことないだろ!」


 恥ずかしさから顔を真っ赤にしながら朝光が文句を言うも、一度火が付いたように笑い出したら中々止まらない。


「わ、わりぃわりぃ。まさかあのタイミングで鳴るとは、な」


 甚内が笑いすぎて滲んできた涙を擦りながら謝罪をするが、まだ口元は笑っている。


「仕方ないだろ、丸二日寝っぱなしで何も食べてないだから!」


 こっちに飛ばされた日も朝ごはん以来なにも食べていなかったので実質は二日半以上は何も食べていない。お腹が鳴るのも致し方ないだろう。


「仕方ねーな。腹ペコ朝光の為に飯食いながら話そうぜ」


 そう笑いながら一巴が席を外し、数分後に戻って来た際には腕にはなにやらあれこれと抱えられていた。

 腕を解き、ゴロっと床に転がったのは木苺に、アケビ、桑の実、山葡萄、コケモモ、コクワ、グミなどなどの時期も生息地もバラバラな果実たち。しかもそれらは全て、乾燥どころか萎びてすらいない生の果実だ。


「これ今朝そこで、俺が取ってきたやつなんだ! あ、これも!」


 伊三が窓の外を指さしながら桑の実とコクワを手に取り朝光に差し出す。

 桑の実の収穫期は四月から五月。一方コクワの収穫期は九月から十月だ。一緒に収穫できるわけがないのだが、伊三が嘘をついているとは到底思えなかった。となるとやはり、冬でも生い茂っている植物たちの方が異常であることは違いなかった。


 伊三から手渡された桑の実を口に含むとほのかな酸味と甘みが口の中に広がる。空腹の朝光にはとてもおいしく感じられ、貰った桑の実はぺろりと平らげた。


「果物ばっかじゃ飽きるだろ? これもやるよ。肉は貴重だからよそ者にあげたくはないけど、甚内と伊三が世話になったみたいだからさ。ありがたく食べなよ」


 そう言って一巴が差し出したのは干し肉。


「これ何の肉?」


 ぱっと見では何の肉だかわからない。干し肉と言えば牛のジャーキーしか食べたことのない朝光だが、この辺でそんなものが売っているとは思えないし、野生の牛なんてものものいないだろう。まかり間違ってもここは東京なのだ。


「野生のうさぎ」

「っブ!」


 ここは朝光の知らない東京だった。予想だにしていなかった名前が飛び出て、朝光は口に入っていたコクワを盛大に吹き出してしまった。

 東京でも野生のうさぎが生息しているとは驚きだ。吹きかけられた甚内が怒るのに謝りながら再び、一巴に向きなおる。


「うさぎ食うのか!?」


 生まれも育ちも都会な朝光にとって、ウサギとはペットとして可愛がるものだ。断じて食べるものではない。

 ここ最近ジビエ料理が流行り、家の近所に出来ていたが朝光は一切興味はなかった。だというのに、今目の前に差し出されたウサギ肉。いったいどうすべきか。


「食わなきゃぶっ倒れる。ここは野菜や果物はほっといてても生えてくるけど、それだけじゃ体は持たない。やっぱり、たまに肉食いたいだろ? これ俺が苦労して捕まえたウサギなんだ。いらないなら、いいよ。俺が食うから」

「あ、甚内」


 横から伸びてきた甚内の手が、一巴が朝光に差し出したウサギ肉をかすめ取った。


「待ってくれ! 食べる……食べるからさ」

「おう、たんと味わって食え」


 ここは朝光のいた世界とは違う。スーパーやコンビニに行けば簡単になんでも手に入るわけではない。甚内達が一生懸命汗水たらして獲ってきた肉だ。それをわざわざ数日前に会ったばかりの、ついさっきまで名前すら知らなかった男にくれるというのだ。

 我儘なんて言ってられる立場じゃない。第一、先ほどから腹の虫がうるさくてかなわなかった。


 甚内から手渡された干し肉に思い切って嚙り付いた。多少の獣臭さはあるものの食べれない訳じゃない。むしろ想像よりも食べやすい。鶏肉に少し似ている。正直に言うととても美味しかった。


 ◆


「嘘臭い。……けど、まあ辻褄が合わないこともないから信じてやらないこともない。と、言っても完全にお前のこと信じたわけじゃないからな!」


 腹も膨れ、一通りお互いの質問に答えた後、一巴は朝光に向かってそう叫んだ。


「一巴は頑固だなー。俺は兄ちゃんの話信じるよ!」


 子犬のような瞳で見つめる伊三は、二日前の一件から随分と朝光に懐いている。頼られるという経験が子ども時代以降ほぼない朝光としては、嬉しい反面少々くすぐったかった。


「甚内も信じるよな?」

「んー、まあ嘘はついてないんじゃないか? ただ確証は得られないし、理由も変わらないから百パーセント信じれるかっていったらちょっと無理だけどな……」


 隣に座る伊三から話を振られた甚内は、難しい顔をしながら言う。


「理由か……」


 確かによくある召喚物のように神や召喚士召喚された理由について説明し、今後やるべきことを明言するなんてことは一切なかった。

 なので誰、または何が、朝光をこの世界線へと導いたのか。そしてどのような理由、原因でこの世界線きて、今後何をすべきなのかは全くわからない。何もかもわからないだらけで、ナビゲータの一つも欲しくなる。


「召喚魔法的な異能力ってあったりする?」

「動物とかを呼び寄せる異能力は聞いたことあるけど、人間、しかも別の世界線の人間を呼び出すとか聞いたことねーな」

「そうか」


 この案が一番可能性が高かったが、どうやら当てが外れたようだ。


「朝光が初めてこの世界線に来た時周りに誰がいたんだ? 召喚したってんならそいつが一番怪しいだろ」


 甚内の言うことはもっともだ。しかし、あの場所にいた人間というとーー。


「俺が下敷きにした男が三人と……、あと」


 言いながらちらりと一巴を伺う。そう、あの場所で朝光が一番最初に目に写した人間は間違いなく一巴だった。


「僕か……」


 朝光の視線を受け、自身を指さす一巴。その場に居合わせていたのだ、わざわざ言われずともわかっていた。


「全員男じゃん。魔女は周りにいなかったわけ?」

「すぐにその場を離れたから見落としがあるかもしれないけど、見た限りでは誰もいなかった」

「それは間違いない。僕逃げる時にあいつらが追ってきてないか何回も確認したもん」


 朝光の言葉に続くように、一巴が答えた。


「それにしても、こっちにきた原因がわからないとなると」帰る方法もまたわからないってことだよな……」


 ぽつりと朝光は呟く。ここに来てから今までは慌ただしくて考える暇もなかったが、改めて現状を振り返ってみるととんでもない事態に陥っている。朝光はそれに気が付くと絶望を感じた。

 幸せな日々では決してなかったけれど、平穏で変わらない毎日は嫌いではなかった。学校は好きじゃなかったけど、家族は何より大切で掛け替えのないものだった。もう会えないのかもしれないと考えると酷く切ない。


「おい、大丈夫か?」


 肩を叩かれる感覚にハッとし顔を上げると、一巴が顔を覗き込んでいた。周りを見ると、甚内と伊三も心配そうに朝光を見つめていた。


「わるい、何でもない……」


 安心させるために貼り付けた笑顔で取り繕う。しかし、一巴は朝光の心中をすべて見透かしたようにしかめっ面で口を開いた。


「そんな顔で何が大丈夫だ。鏡見て言え! 理由はどうあれ僕たちは一度むかえ入れたやつを大した理由もなく追い出すなんてことはしないし、もう既にお前は仲間なんだよ! 仲間に遠慮すんな。僕たちじゃ頼りないかもしれないけど、頼れよ!」


 一巴に叱咤された朝光は、驚き一巴を見つめたまま固まった。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだ。つい先ほど「信じたわけじゃない」言っていた奴の言葉とは思えないけれど、一巴は発言とは裏腹に存外朝光に気を許しているのかもしれない。


「そうだぜ兄ちゃん! 俺たちもう仲間じゃん」

「大した役にはたたないかもしれないけど、朝光が元の世界に帰れるように俺たちも協力するって」

「……三人共、ありがとう。そうだよな、クヨクヨしてても意味ないよな。きっとなんとかなるさってな!」

「流石にそれは、楽観しすぎじゃないか? 現状何もわかってないのにさ」


 一変して能天気な朝光に一巴が呆れた声で言った。


「そ、そうかな?」

「まあ、元気が出たのならそれでいいさ」


 一巴はふわっと笑った。

 一人ではないというだけで、朝光は心強さを感じた。

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