第5話 異能力(ガーペ)
「女性を傷つけるのは趣味じゃないけど、年端も行かない子どもを追い回して虐げるのはダメだ。あの子たちを追い回さないと約束してくれるならこれは返すよ」
ロリータ女の前に躍り出た朝光はランプ光に照らされながら言う。その声には怒りが含まれていた。
「誰が! ドブネズミの言う事なんて聞くものですか!」
ロリータ女がまた同じように手を伸ばしたと同時に朝光の目の前の空気が震え大きな音と共に火柱が立ち上がった。しかし朝光は、直撃する寸前にそれを紙一重で躱す。前髪が少し焦げたが気にするほどではない。
二メートルほど距離をとって朝光はロリータ女を正面から見やる。
「すばしっこいネズミだこと。でも、いつまでそうやって逃げていられるかしらね。わたくしの異能力である爆破ですぐに丸焼きにしてあげますわ」
ロリータ女がクスクスと不敵に嗤う。ランプが奪われた程度で自分の優位が揺らぐことなどないと信じ切っている顔だ。
「がーぺ……? 魔法じゃないのか?」
聞き覚えのない言葉に、朝光が反応するとロリータ女は馬鹿にした口調で返す。
「異能力もご存じないの? よっぽどの田舎からきたのかしら。まあ、異能力も使えないあなた方ネズミにとっては魔法みたいなものでしょうけど」
「世界線も変われば名前も変わるのか? それとも、がーぺとやらが魔法とは別物なのか……」
煽りに腹を立てることもなく、考え込みながら一人呟く。そしてロリータ女から視線を外すと斜め後ろへと声をかける。
「そこの君、悪いけどこれを持っていてくれないか。ああ、そのままだと丸見えなので電源はオフにしててくれ」
言い終わるとすぐにロリータ女から奪ったランプを、斜め後ろへと放り投げた。電気タイプのランプは宙を舞う間も明かりが消えることなく、キレイな放物線を描き朝光が狙いを定めた場所へと落ちる。
「っわっと!」
伊三は目の前に落ちてきたランプを取り落としそうになるも、なんとかキャッチしてほっと息をついた。
「電気消せって!」
うまくキャッチできたことに安心して、電源を切ることを忘れていると甚内が指摘しつつ肘で小突く。それを受けて伊三が慌てながらランプのスイッチをオフにした。
逃げたかと思っていた伊三と甚内だが、二人は自分たちを助けてくれた朝光が心配で、物陰から恐る恐るながらも見守っていたのだ。しかし隠れてひっそり見ていたにもかかわらず、正確無比に居場所を突き止めてランプを投げてよこしたことには二人して驚いていた。
それもそのはず、朝光は夜目が効く。明かりが消えた今もロリータ女のことも甚内達も完全に見えていた。むしろ相手にも居場所を知られる分、朝光にとってはランプは邪魔にしかならないのだ。
明かりが消えた瞬間辺りは再び真っ暗になり、闇に包まれた。吹き付ける風の音だけが異様にうるさく聞こえる。
明かりは消さないだろうと思っていたロリータ女だったが、実際には消された明かり。朝光が夜目が聞くことを知らないので何を考えているのか理解できなかった。何も見えない真っ暗闇。しかし、それは両者同じ条件はず。こんな中で何ができるというのだろうか。そうロリータ女は困惑した。
それとも、闇に乗じて逃げる気なのだろうか。何もない野原などならともかく、地面には木の根が張り巡っておりむやみに走ると足を引っかけ転ぶ。頭上には伸びた木の枝が出っ張っており屈まずに歩くと頭をぶつける。そんな中を無灯で逃げるのは無謀だ。
それゆえロリータ女は、朝光のことを何も考えていない馬鹿なのだと結論付けた。
相手は離れていては何もできないが自分には異能力がある。何発か打ち込んで動きを封じた後に、ゆっくりランプを回収すればいい。こうなるとランプを手放したのは逆に好都合。爆発に紛れて壊れるというリスクがなくなったのだから。
見えはしないが、先程から物音はしないのでおそらく真っ暗な中たいした身動きも出来ないのだろう推測する。
ロリータ女は朝光が明かりが消える前と同じ位置にいると結論付けて右手を上げた。その瞬間二メートルほど離れた場所が爆発した。続いて二発目三発目と連続して火花が散る。息をつく間も与えぬほどに念入りに、先ほどのような失態はもう犯さない。
「これだけやれば流石に逃げることは不可能でしょう」
もうもうと立ち上がる煙の中、ロリータ女は前に進む。地に倒れ伏す朝光の姿を想像し、それを嘲笑ってやろうと。勝利を確信した彼女の口元は弧を描いていた。
「動くな」
「なっ……!」
先程の繰り返しかと思うほどにまた背後から声がした。次の瞬間に右手を掴まれた。そのまま背中に捻りあげられ、痛みに顔を歪める。想像していなかった展開に今の状況が呑み込めずにいる。眉を吊り上げ背後を睨みながらロリータ女は苛立った様子で口を開いた。
「先ほどといい、いつの間にわたくしの背後に回りましたの!? 足音すらしなかったですわ!」
金切り声が暗闇に響いた。
「君が起こした爆発の音でかき消えただけだよ。それとね、俺は夜目が効くんだ。暗い中でも、君の動きはばっちり見えていたから、動きを予測して背後に回るなど簡単なことだ」
こともなげにいう朝光だが、実際のところそれは決して簡単なことではない。足音を立てると動きを読まれかねないので、相手が異能力で爆発させるのを待ち、その爆発を紙一重のところで避けて、爆音と煙に乗じてロリータ女の背後に回った。
それを簡単なことと言い切れるのは、彼の類稀なる運動能力と反射神経のおかげだ。
「いつまでこうしているつもりかしら!? いい加減放してくださいます!?」
後ろ手に腕を拘束されたままにかかわらず、ロリータ女は威圧的な態度を崩さない。それどころか、懸命に体を捻り拘束から逃げようとあがいている。
「っちょ、ちょっと暴れないで。俺も女性に怪我をさせるのは本意じゃない。このまま帰ってくれないかな? ランプは返すからさ」
「ドブネズミが! 身の程をわきまえなさい!」
これが答えだと言わんばかりに朝光の顔に唾を吐きかけ、悪態をつく。極めつけに極上の笑顔で、
「くたばりなさい、クソネズミ!」
と履き捨てた言葉が耳に届いた時には、朝光は吹っ飛んでいた。遅れて耳に届いた爆破音と立ち上がる煙に、ロリータ女の異能力が炸裂したのだと気が付いた。
とっさに受け身をとったものの、もろに爆撃を喰らった脇腹がずきずきと痛む。パッと見大した怪我ではないようだけれど、ジャケットは焼け焦げ、ワイシャツが赤く染まっていた。内臓まで達してないことを祈る。
「いたたた……、まさかゼロ距離でも打って来るとは思わなかったよ」
今までの爆発は全て少し離れた場所からの攻撃だった。決して慢心していたわけではないが、至近距離での攻撃はないとばかり思っていたのだ。何せ本人も爆発に巻き込まれかねない。
この程度の怪我で済んだのは、ロリータ女が自身が巻き込まれないように威力を押さえたおかげだろう。人より多少は丈夫な朝光だが、大きな爆発の直撃ともなれば今頃内臓が吹っ飛んでいたことだろう。
「……なるほどね」
しかし、この男ただ無様にやられたわけではない。相手を観察し見極めようとしていた。そしてようやく異能力の正体がわかってきた。埃を払いながら立ち上がると、向かいからふーんという呆れと関心を含んだ声が聞こえた。
「威力を落としたとはいえ、まさか至近距離でまともにくらって立ち上がれるとは……。随分と頑丈ですのね」
「自慢じゃないが多少の怪我なら一晩で治るし、骨折は二週間で完治した。病気になんてかかったことはないよ」
「……化け物ですわ」
げんなりとした表情で若干引き気味にロリータ女は口を開く。
「とはいってもさっきのようなものを何度も受けるのは少々骨が折れるな」
話ながら朝光は屈伸をし、首を軽く回す。傷は多少痛むが動けない程ではない。
突然始まった準備体操のようなものにロリータ女は訝しみながらもその様子を見守る。だから朝光の次の行動は予測できなかったし、反応も遅れた。
「だから、逃げる!」
口にした瞬間朝光は踵を返して一目散に走り出した。
「ちょっと! お待ちなさい!」
とっさに朝光の後を追いかけようと走り出したロリータ女だったが、明かりもない足元おぼつかない場所では早々に木の根に躓き転んでしまう。
「これは返しておくよ」
そう言って投げてよこしたのは、先程奪ったランプだった。逃げる際に甚内たちから受け取った朝光は何を思ったのかそれをロリータ女に投げてよこした。
自分は夜目が聞くからと無灯のまま樹海を走り去ったというのに。これではさも何かあるから追って来いと言っているようなものである。
「男の癖に、このわたくしを馬鹿にして……! 絶対に許しませんわ!」
しかし頭に血の上ったロリータ女はそんなことなど露知らず、朝光を追うために足元に転がったランプの電源を素早くオンにした。乱雑に扱われたため壊れていないかと少々心配したが、ランプは何の問題もなく煌々と明かりを灯す。
「楽に殺してあげなくてよ!」
壊れるのではないかと思うほどにランプを握った手に力を込めながら、朝光の去っていった方向へと走る。途中に甚内達が身を潜める横を通り過ぎたが、ロリータ女は二人には既に眼中になく気づくことすらなかった。
伊三がロリータ女が行ってしまったことにホッと息を吐き安心していると、甚内が立ち上がる。
「追いかけるぞ」
追う気満々の甚内とは逆に伊三は、立ち上がる気配もない。
「……せっかくアイツから逃れられたのに、追うの? このまま逃げようよ。あの人は俺らなんかよりずっと強いみたいだし、無事逃げ切れるよ……」
穴が開いたスニーカーを見つめながら、伊三は言いづらそうにぼそぼそという。助けてもらったのに見捨てるなんてこと非道な事なのは伊三もよく分かっている。しかし追い回された恐怖が抜けきらず、ロリータ女が未だに怖くて仕方ない。
「バカ! 助けてもらったってのにこのまま見捨てられるかよ! それにあの兄さん口では逃げるって言ってたけど、多分待ち構えて返り討ちにする気だ!」
「……え? なんでそんなこと。相手は魔女だよ!」
「わかんねぇ。でも、あいつならきっとやってくれる! 俺はそう確信した!」
澄み切った瞳はキラキラと輝き可能性を疑うことすらしない。会って十数分、まだまともに会話すらしていなのに甚内は既に朝光を信じ切っていた。
しかし、伊三はそうではない。
「でも……」
「わかった、俺一人で行く。お前はそこで待ってろ!」
渋る伊三に痺れを切らした甚内は、彼をおいてさっさと朝光たちの後を追いはじめる。それには伊三も黙ってられずに重い腰を上げた。
「ま、待ってよ! 置いてかないで! 俺も行くよ……!」
追いかけて戦闘に巻き込まれたりするのは嫌だけど、真っ暗な中一人取り残されるのはもっと嫌だった。
ズンズン一人先に行く甚内の背中が闇に溶ける前に、伊三は慌ててその背中を追いかけた。
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