第7話 金の亡者 ~対面~

風に吹かれるまま、メモ書きに残された住所へと紙っぺらは飛んでいく。飛んでいく先は街中にその権力を誇示するようにそびえる高層マンションの一室で、不動産屋から情報を辿っていけば少なくともどんな商売をしているかくらいは分かりそうな程に、いかにも金持ちしか住んでいないといった雰囲気の家具や間取りをしていた。風に吹かれる紙っぺらはエントランスの過剰な警備をすり抜け、外壁の窓からメモ書きに残された男の隠れ家を探す。このマンションはメモ書きの男の持ち家らしい…見たところ、住んでいるのは白人のボディーガードたちばかりだ。白人の中に一人、ヒスパニック系の男がいればやはり目立つ。彼は目当ての男を見つけると窓の僅かな隙間からするりとその紙の肉体を滑り込ませる。

「…な、なんだ紙か…驚かせるなよ…」

男はいきなり入ってきた紙に怯えた様子ではあったが、とりあえず殺し屋などではないと判断すると安心したように警戒を解く。室内を見渡す限り、ごく普通の高級住宅だが…マホガニー材の重厚なデスクに積まれている書類を見ると明らかに真っ当な取引ではない。取引の金額が明らかに異常だ。一回の取引で数十億…いや、モノによっては数百億単位の金が動いている。その上取引先も怪しげな名前の会社ばかりだ。書類によると…どうやら今は取引相手を探しているらしい。彼は内心毒づきながら更に室内を見回し、他に有益そうな情報を探す。だが今しがた見つけた書類以外にはほとんど情報が無く、全て処分されてしまっているらしい…辛うじてあの書類は処分を忘れていたか、あるいはちょうど処分するところだったのかもしれない。彼は入った時と同じように窓の隙間からマンションを後にし、隠れ家の方へと風に吹かれて飛んでいく。

「あ、お帰り~。何か分かった?」

「埋葬屋」は帰って来た彼に手を振り、彼が紙から人に戻ったタイミングを見計らって声を掛ける。

「…いや。取引相手を探しているらしい、ということしか分からなかった。」

「取引相手…ねぇ。それは…こっちじゃ対応しかねる案件だよ。あんな金の亡者と取引できる程度の財力なんてこっちには無いからねぇ。何せ僕らは、ただの殺し屋だから。」

彼は少し黙った後、渋々口を開く。

「…私なら、奴の取引相手になれるだろう。何せ私は…「怪盗紳士」だからな。」

「ああ、そういえばそうか。君、色々高価な宝石とか絵画とか盗んでるんだったね。どれかを餌としてあのオッサンの目の前にちらつかせてやれば…。」

「埋葬屋」は彼の言葉にうんうんと頷き、一人で納得した様子を見せる。

「…取引相手になることは、充分可能だろうな。…だが、それに関して…一つ頼んでも構わないか?」

彼は尚も明らかに嫌そうに口を開く。

「ん、何?」

「「自殺屋」を…ジュリアを、二日間ほど私に貸してほしいんだ。彼が無理ならば「埋葬屋」、別に君でも構わない。」

「ジュリアを?うん、構わないと思うけど…ジュリアを何に使うのさ?」

「……何も聞かないでくれ。とにかく、ジュリアを貸してほしい。必要なんだ。」

「分かったよ。おーい、ジュリア!」

「埋葬屋」は何も聞かず、その辺を歩いていたジュリアに呼び掛ける。急に名前を呼ばれたジュリアは驚いた様子を見せるがゆっくりとした足取りで二人の方へと近付き、穏やかな笑顔のまま首を傾げた。

「どうしたの?」

「いや、スカーレットがさ。あのオッサンを騙すのにジュリアの力を借りたいんだって。別に良いよね?」

「うん。僕の力で何とかなるなら貸すよ。」

彼はその言葉を聞いて深く頭を下げ、「…すまないな…ジュリア。」謝意を述べるとジュリアの手を引き、外に出ると、外にある小さな教会で祈っていた「シスター」が不思議そうな表情を浮かべて二人を見る。

「…一旦自宅に戻るが…すぐに帰る。

…金の亡者を騙す為に芝居を打つ。」

「…まあ!なんて善き思想なのでしょう。私にも何か手伝えることがあれば、遠慮なく

言ってちょうだいね。助けになるわ。」

「…ああ…ありがとう、「シスター」。」

シスターに背を向け、二人の人影は夜に溶ける。

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怪盗紳士×自殺屋 匿名希望 @YAMAOKA563

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