ゆったり少女

「ちょっと待ってよー」


「待ってるよー」


 目はたれ目で、スタイルもどちらかと言えばふくよか。今は靴を履いているが、その動作もあまり急いでいるようには見えないが、本人的には急いでいるらしい。出会った頃は彼女の行動の遅さに驚いたものだが、今はそれにも慣れた。彼女を待っている間は、そのゆったりした動作を見ては癒されている。


「おまたせっ」


 靴を履き終えて、玄関から出るとおっとりした笑顔でそう言われた。それを見れば、待っていたかいがあったと思える。


「じゃあ、行こうか」




 学校についても、彼女は上靴に履き替えるときも時間がかかってしまっていた。他の人より時間がかかってしまうので、僕以外の彼女の友達は彼女を待つことは少ない。彼女は玄関で何人かの友達と挨拶を交わしていた。その人たちは僕にも挨拶して教室に向かっていった。


「ねぇ、イツキちゃん。ここまで来たら待ってなくてもいいよ?」


「好きで待ってるだけ。ルナは気にしなくていいの」


「うん。いつもありがとう」


「お礼を言われることじゃないよ。僕にとっては当たり前のことってだけだし」


 会話が終わるころには彼女の靴の履き替えも終わって、教室へと移動した。僕の横をゆっくり歩く彼女に速度を合わせ、二人でゆっくりと廊下を歩いていく。彼女が感じている時間の流れを一緒に感じているような気がして、それがなんとなく嬉しい。だから、彼女と一緒に歩くときは彼女の歩く速度に合わせているのだ。彼女は速度を合わせているのは僕の優しさだとか思っているみたいだが。




 彼女は行動自体に時間がかかってしまうのものの、うっかりミスなどはほとんどしない。そして、頭の回転だけは速い。それを伝えたり、行動に移したりするのが遅いのだ。そのせいで、親しい人以外からの評価はあまりいいものではない。それで嫌われているわけではないが、その行動の遅さにイライラしている人も見たことがある。そういう時は、僕の出番だと考えている。彼女が頭を使うなら、行動するのは僕でもいいのだ。幸い、彼女との連携には自身があった。




「イツキちゃん。帰ろう」


 彼女が迎えに来てくれたのでそれに頷いて、自分の鞄を持った。彼女と並んでゆっくりと廊下を歩く。廊下にはまだ多くの人がいるが、僕たちよりも時間の流れが遅い人は一人もいない。外からは部活を始めたばかりであろう生徒の声が聞こえる。どこも騒がしいが、それがストレスにならない。隣を歩く彼女の横顔を見る。視線に気が付くと、彼女もこちらを見て笑った。それにつられて僕の顔を緩んでいたと思う。


 外に出ても、そのゆったりとした時間は変わらない。のんびりとしていて、穏やかな気分になる。


「ルナ。どっか、コンビニでも寄ってく?」


「え。んー、ちょっと体重が……」


「そんなに気にするほどかな」


「だって、イツキちゃんも見たらわかるでしょう? ほら」


 そう言って、彼女は僕の手を自身のお腹に誘導する。あまりに予想外のことでとっさに手を払うことも出来ず、その手は成すがまま。少しの時間をおいて、ようやくその事態を認識する。耳が暑くなるのを感じて、さらに恥ずかしさがこみ上げる。


「ちょ、ちょっと、ルナ。だ、大胆すぎるよ」


 そういうと、彼女も自分が何を刺せていたのかを理解して、慌てて僕の手を離した。離された手をそのまま自分の側に寄せて、自由にさせる。彼女の顔を見ると、真っ赤になっていた。


「ご、ごめんね。つい、その、イツキちゃんならいいかなって思ってたから……」


 言い終わってから、それが失言だと気づき、彼女は顔を俯かせてしまう。どうにか、彼女のフォローをしたいところだが、僕の思考回路も今は正常じゃない。


――僕ならいいって。それは、その……。




 僕らは結局、そのままコンビニにも寄らずに、二人帰路を黙々と進むしかなかった。

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