凛とした

 後ろ姿を見て憧れた。その所作一つ一つが、洗練されていて凛としている。正面から相対すれば、黒い瞳からは強い意志が感じ取ることが出来た。自身の成すことに疑いなく、信じて行動するような強い意志だ。後ろ姿だけを見ていた時より、彼女の顔をみることが出来るようになった今、憧れは強くなった。




「君はもう帰ってもいい。外も暗いしな」


 教室に二人きり。廊下にも人の気配はない。校庭からも運動部の声はしなくなっていた。時計を見れば、下校時刻はもうすぐそこだ。


「部長も一緒に帰りましょうよ」


 こうやって下校を誘うのも何度目だろう。


「いや、悪いが今日も一人で帰ってくれ。私には寄るところがある」


 そして、こうやって断られることも当たり前のものだ。それでも、部活があるときは毎回こうやって誘ってはいるのだが、これが成果を見せたことはない。


「そうですか。じゃ、また明日会いましょう」


「ああ。お疲れ様」


「お疲れ様です」


 その会話もいつもと変わらず、俺は先に教室から出た。靴箱まで移動して、靴を履き替える。そのまま、校門近くの茂みの裏に隠れた。部長の用事が何なのか気になる。部長に限って悪いことはしていないとは思うが。




 数分待つと、部長が門の前を通りがかる。彼女は門を出たところで止まる。そして、彼女は俺の隠れている茂みの辺りを業しているように見える。と言うか、確実に俺と目が合っている気がする。


「なぜ、そんなところに隠れているんだ」


 確実にばれているので、茂みからしぶしぶ出ていく。


「もう一度訊こう。そこで何をしている?」


「その」


 彼女はじっと、俺を見つめていた。誤魔化しや嘘は見抜かれる。いや、それを理解していなくとも、俺は彼女にだけは嘘を吐きたくはない。


「部長の用事っていうのが、何なのか気になってしまって……。その、ごめんなさい」


「なるほど。そうか。確かに、誘いをいつも断っていたからな。気になっているのも仕方のないことかもしれない」


 彼女は顎に手を当てて、何かを考えている仕草をしている。彼女の癖だ。部活でも考えているときはそのポーズをとる。


「よし、わかった。お前もついてこい。まぁ、私が向かうのはだたのスーパーだが」




 彼女の後ろをついていくと、到着した場所は彼女の言う通りスーパーだった。


「か、買い物、って何を買うんですか?」


「そんなもの決まっているだろう。晩飯だ」


 彼女は俺をちらっと見て、そう言い切った。その言葉に俺も何を当たり前のことを訊いているのだろうと思う。学校での彼女しか知らない俺は、彼女がこういう場所に縁のない人だと勘違いしていたようだ。


「ん? と言うか、部長は一人暮らし、ですか?」


「いや、両親は共働きだからな、妹に飯を作ってやるんだ」


 彼女の事情を少し知ることが出来たのは少し嬉しかった。彼女はスーパーの籠を持ったまま、いつもの考える仕草をしていた。晩飯の献立でも考えているのだろうか。


「そうだな。よし。なぁ、お前さえよければ、晩飯を食べていかないか」


 急にそう言われて意味は理解しているのに、驚きですぐには声が出なかった。しかし、彼女はじっと俺を見て回答を待っていた。


「その、嬉しいです。ちょっと家に連絡してみます」


 そう告げて、スマホで家に連絡する。事情を話すと、早く言えと言われたが承諾を得た。そのことを部長に言うと、コクリと一つ頷いた。


 その後、部長の持っていた籠を俺が無理やり持って、勝手に先輩の買い物の手伝いをした。




「あれ、お姉ちゃん。だれ、その人」


 部長の家に入ると、小さな小学生くらいの女の子が出迎えていた。


「ああ、彼は私の友人だ。清水アキラ。アキラと呼んでやれ」


「アキラにーちゃん。ようこそ!」


 見た目は部長を幼くしたような印象だったが、その笑顔は破壊力抜群で可愛い。


「彼女は私の妹。ミイだ」


「ミーです。よろしく!」


「よろしく。ミーちゃん」


「では、私は晩飯を作ってくる。仲良くしててくれ」


 そう言って、彼女は家の中に入り、ドアをくぐって行った。それについていくように俺もお邪魔することにした。ミーちゃんが俺の案内をしてくれた。




「よし、できたぞ。簡単な料理だがな」


 そう言って、彼女が作ってくれた料理はカレーだった。


「やった! カレーだ!」


 ミーちゃんがその料理にはしゃいで席に着く。俺もそれに習って、席に着いた。ミーちゃんほど表に出してはいないが、部長の手料理を食べられるのは嬉しかった。


「いただきます」


 挨拶をして、食べ始める。かなりおいしいカレーだった。ミーちゃんもおいしそうに食べている。


 こうして、憧れの人の手料理を食べることが出来たのは良かった。この人との距離も縮まったかもしれない。そう思うと、空腹だけでなく心も満たされている気がした。

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