ゆったりとゆっくりと

 私はよく、ドジッコ、とか、ポンコツちゃん、とか呼ばれてる。でも、そのあだ名は嫌いじゃない。実際、私はよくドジをするポンコツだった。それにその呼び名は私を貶めてるわけじゃないのがよくわかる。私がドジをしても、ドジッコはしかたないなぁと言って助けてくれる人たちなのだ。


 そして、毎日気を付けていてもドジをしてしまう。今日のドジは階段から落ちるだった。結構、派手に落ちたと思ったが、どこも痛くないし見る限りでの怪我がないのが不思議。しかし、ひっくり返ってしまって自分一人では動けない。単純に転んだだけなら一人でも動けたが、今回ばかりは難しい。どんな体勢になっているのかはわからないが、とにかく一人では動けない。


「あの、大丈夫ですか?」


 この声は聞き覚えがあった。いつ聞いたかと言えば、昨日。段ボールをひっくり返して身動きが取れなくなっているところを助けてもらった。


「ごめんねぇ。助けてもらえるとうれしいなぁ」


 恥ずかしいのをごまかすのに、そんな言い方になってしまう。それでも、彼は助けてくれた。床に横たわる体勢まで手伝ってもらって、そこからは一人でも立てた。


「ごめんね。ありがとう」


「いや、うん。それより」


 彼はそこまで言って、私の腕の辺りに手をやった。少し驚いたが、私の腕についていた埃を払ってくれているのを見て、嬉しくなって思わず笑ってしまう。埃を払うと言っても、彼の手つきは乱暴ではなかった。壊れないようにそっと服だけを払うような払い方。


「昨日も今日も、ありがとうね」


「あ、いや」


 目の前の彼はあまりお喋りは得意じゃないのかもしれない。でも、照れたようにほんの少しだけ笑ってくれているのがわかった。勝手な解釈かもしれないけど、それが私を心配してくれていたのかもしれないと思うと、私の顔も勝手に笑ってしまう。


「本当に、ありがとうね」


 思わず、私の服を払い終わった、その手を両手で握ってしまった。彼はそれに一度だけ頷いてくれた。言葉がなくても心の中に何か、暖かいものが広がる。


――この人のこと、好きかもしれない。


 そう思うと、彼の手を握っていた両手に少しだけ力が入った。

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