ヒカリ
カゲコ。高校で初めて会った可愛い
何とか彼女の気を引こうとして、彼女のあだ名をたまたま盗み聞きしてしまった。カゲコ、と言うらしい。本名が
「えっ」
彼女は頬を引きつらせ、私の顔を一瞬だけ見て、その場を走り去った。その瞬間、彼女との心の距離が零からマイナスになってしまったのが、理解できてしまった。その後、それ以上嫌われたくなくて、彼女には近づかなかった。
だが、彼女が視界に入れば目で追ってしまうし、なんならわざと彼女のクラスの近くを通って彼女を何とか目に映そうとしていたのだが、急に彼女を見なくなってしまった。元々、あまり学校に来ても楽しそうにはしていなかったが、それが彼女の普通だと思っていた。しかし、不登校と言う結果だけ見れば、そういうわけではないと理解できた。
――二人きりなら話せるかも。
そう思って、影子の家を知るために教師から家の場所を聞き出した。教師の間では優等生として通っている私が適当なそれっぽい理由を言うだけで住所を教えてもらった。思ったより簡単に家の場所を訊けたのは良かったが、個人情報はもっとしっかり管理した方がいいと思った。
そして、ようやく彼女の家の近くまで来た。初めてくる場所で迷子になりそうだったが、たまたま友達がそこにいた。その子に訊くと、影子の家まで案内してくれた。
――来てしまった……。
緊張してきて、足が固まる。それでも、足を動かして前に進んだ。家を囲んでいる塀の中に入る。インターホンを押そうとしたが、私の左側の庭に誰かが居るのが見えた。いや、ちゃんと見えていないが、誰かはわかっている。影子だ。
「あれ、カゲコ?」
思わず、口を突いて出たのは彼女が嫌いなあだ名。俯いたまま、彼女は微動だにしない。その様子に、異変を感じて、手を伸ばす。その手で何が出来たのかはわからない。しかし、その手が彼女に届くことはなかった。
「いやっ」
その言葉で自分の手が、引っ込んでしまう。彼女に嫌なことをしたのは自分だ。だけど、そんな様子の好きな人を放っておくわけにもいかず、できるだけ優しい声で彼女に声をかけた。
「ごっ、ごめん。大丈夫?」
私を拒絶していた手の形は徐々に解かれて、その顔がこちらを向いた。最初見たときより、髪が伸びている。その奥の綺麗な瞳はそのままだ。
「あの、貴女は確か……」
彼女は前に垂れた髪を掴んで、難しい顔をしていた。
「私はヒカリ。クラスメイトのヒカリ」
さっきと同じくらいに言葉に優しさを届けるようにして話す。もしかしたら愛しさも籠もってしまっていたかもしれない。
「ヒカリ、ちゃん。あの、なんでここに?」
当然の疑問だろう。彼女はその首をほんの少しだけ傾けた。
「影子ちゃんが心配で、その、様子を見に来たの」
「……?」
彼女はなぜ、彼女がそんなことをするのか全く理解できていない。それもそのはず、話したことのない人がいきなり家に来たのだ。いきなり追い返されてもおかしくない。もう、心の内を伝えた方がいいかもしれない。と言うか、私がこれ以上耐えられそうにない。彼女が目の前にいなかったために、抑えきれていた恋心。しかし、今、彼女は目の前にいる。
――私はいいが、彼女は私を知らない。
その事実が頭に過ぎて冷静になる。ここで告白して、彼女にドン引きされて嫌われてら生きるのに耐えられない。死んだりはしないかもしれないが、死んだように生きることになる。それは考えられる事態だった。
「あのね。本当は、友達になりたかったの」
「……あっ、え? と、友達? わ、わた、私と?」
焦って、顔を赤くしながら、そういう彼女が可愛い。顔が赤くなっているのをわかったのか、長い黒髪で顔を覆って照れ隠し。その行為一つ一つが改めて、私を惹きつけた。
「うん。だめ?」
「あの、私で、いいの?」
「貴女が、いいの」
隠した顔の隙間から、照れた表情が見えた。髪を掴んでいた手の片方を私の方に差し出した。すぐに握手のことだと理解して、手を重ねる。彼女の手はぷにぷにして
柔らかかった。
――これから、私のことを知ってもらおう。
重ねた手が離れても、その感触が残っているような気がして、胸がドキドキしていた。
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